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(二)ー3
*
「くしゅん!」
「またですか?そろそろ風邪では?」
和希と虎太郎を送り出し、改めて資料を洗い出してた朱莉がくしゃみをした。
「虎太郎との約束、行っても良かったんですよ」
壱誓が朱莉に向かって言う。資料の洗い出しなら自分と和希でもできる。わざわざ虎太郎に和希を同行させなくても良かったのに。
「ありがとう。まあ大丈夫でしょ。それに今日ね、急に来るって連絡来てさ」
「来る…。え」
何が来るのか、朱莉の言葉から予想して壱誓は思い付いたのか、少し慌てた。その様子から、あまり嬉しいとは思えない来客があるようだ。それを思えば朱莉にいてもらって良かったのかも知れない。
朱莉は資料を一束、パラパラと見た。
「ざっと見ただけでも結構な数が怪しいねえ。この前みたいな同種捕食とか、捕食妖怪でない妖怪が捕食している可能性がある。何が目的なのか、どうしてそうなっているのか、この前の蛇腹女といい、全く分からない。なんていうか、人為的っぽいよね」
「諜報課からの資料で、その近くに人型の妖怪の目撃情報も多数…怪しいと思われる事案のほとんどが奴とも考えられるのでは?」
人型の妖怪は、実はさほど多いわけではなく、知能がとても高い事が特徴的である。加えて数日前の朱莉たちが遭遇した妖怪の言葉から、人型と聞いて思い当たる妖怪を想像してしまう。
「それにしては多くない?捕食妖怪でも、普通妖怪食べて吸収するのに一週間くらいかかるよ。それをせずに追加で食べると拒絶反応が出るし、最悪死ぬ」
「…同じような者が複数いると…」
「それが妖怪なのか、奴と同じ元人間なのか。そもそも何を目的としているか」
「仲間でしょうか」
「どうなんだろうねえ」
朱莉は大きくため息を吐いた。今手元にある資料だけではなんとも言えない。朱莉と壱誓が資料に向かって難しい表情をする。思っている以上に事態は難解なのかも知れない。
「失礼します。芹沢長官、頼まれていた資料をお持ちしました」
執務室の扉がガラッと音を立てて開いた。朱莉と壱誓がそちらを見やる。
「ありがとう、獅堂。一課まで遠かったでしょー」
朱莉が労いの言葉を掛けたのは四課の准隊員、獅堂華。三課の長官、獅堂為五郎の孫娘だが、朱莉の大ファンで四課に来たという新人だ。和希と虎太郎、そして華の三人が今のところ四課で生き残っている今年の新人である。朱莉を見る度に目を輝かせる華に壱誓は少し引くが、新人の中でも華は腕っぷし系で見込みのある奴だとも思っている。
「いえ!問題ありません。五年前の『倉林雅久』の事件資料でよかったんですよね?」
「そうそう。二人とも、五年前の事件は知ってる?」
華が渡してくれた資料を受け取り、朱莉は表紙を眺めながら言う。
「五年前はまだ入庁していませんでしたが、聞いています」
「私もです。祓魔師界隈はしばらく騒がしかったのを覚えています。倉林雅久。一課の倉林長官のご長男で、倉林和希のお兄さんですよね」
同期の名前をフルネームで呼ぶ。華は和希を苦手としている事を朱莉は知っていたが、そういう年頃だと、そこまで心配するものでもないかと、干渉していない。今日も今日とてそこに触れない。
「そー。五年前、祓魔庁討伐隊第一課所属隊員、倉林雅久が妖怪認定され、討伐対象になったの」
その原因は妖怪捕食による妖怪化。妖怪が妖怪を食べて妖力を大きくして強める事ができるということは、同じ妖力を持つ祓魔師にもできる。しかし本来妖怪を食物として扱わない上に、人間である祓魔師が妖力を拡大させる事は自身の肉体が耐えられず、命の危険を伴う。運良く生き残っても、妖力が濃くなれば妖怪により近い存在になる。妖力が強い人間はただ生まれ持った力が強いだけで当然妖怪を口にしたわけではない。そもそも祓魔師の妖力の得方が捕食ではない。妖怪を食べる必要がないのである。命の危険がある上に人間ではなくなる。だからこそ、祓魔師は妖怪を食べるという事をしてこなかった。
「でも倉林雅久は妖力を大きくするためにリスクを負ってまで妖怪を捕食…」
「倉林雅久自身の妖力は元々大きかったんだよ。でも上手く使いこなせていなかったみたいでね。源流名家の本家筋である事もあって周りからの信頼の圧もあったんでしょ。その辺は本人しかわからないけど」
「でも妖力を大きくしても使いこなせなかったら意味がないのでは?」
「それをわかってないはずがないんだけど…なんでだろうね。どうしても大きい力が欲しい理由があったんでしょ」
「倉林和希の目の呪いに関係あるのでしょうか?」
「その辺についてもいずれは倉林に聞かないといけないよねえ。……億劫で」
朱莉が大きくため息を吐く。和希本人に昔の辛い思い出を話させるのは流石に朱莉も心が痛い。しかしいつかは聞かなければいけない。しかしまだ雅久が妖怪の異変に関係していると確定したわけではない。もう少し調べなければいけない。そのための資料でもある。朱莉がその覚悟を決めるのはもう少し先になりそうだ。
「兄が人ではなくなった上に討伐対象になっている事実は中々キツいですね」
「ほんとだよ。当時も倉林長官が相対したらしいけど、倉林長官もキツかったでしょうね。息子が妖怪になったなんて」
次男が妖怪に呪われ、長男が妖怪化するという事態に見舞われた一課の現長官、倉林和雅。当時はもちろん、今でさえもかなり心労あるだろうという事が容易に想像できる。
「総帥や源流名家当主、長官会では何も言われなかったんですか?」
「やばかったよ。五年前は源流名家が七つ。長官会も二人かな、今と違う顔で。当時総帥が倉林のお爺さんで、一族から妖怪を出させた罪だとか、全体が倉林家にいいように働くだなんだってごちゃごちゃ言われて非難轟々。結局は総帥だったお爺さんを退けて、倉林長官をそのままにしておく事で倉林家の体裁も保持しつつ、他の家のご機嫌とってバランスを保ったの。肩身が狭いよね」
祓魔師の減少により、祓魔師はじまりの十の家、源流名家はそれぞれ二つの分家の支えがあるも、現在五つしか存在していない。源流名家は祓魔庁の諮問機関としても機能しており、祓魔庁で何か問題があれば、意見を申し立てる事が出来る。時々謂れの無い事を吹っ掛けられるため、場合によっては厄介な機関でもある。
「でも倉林家は序列が高い筆頭祓魔師ですよね。そんなことで肩身狭くなりますか?」
「序列が高いから引きずり下ろそうとしてたみたいよ。今時序列とか古いけど、それを気にするご老体が多いのも事実。倉林家の方はそういう周りとの付き合いバランスのために自ら大人しくしてるっぽい」
かったるいよね〜と朱莉は伸びをした。まるで自分は関係ないとでもいうような雰囲気だが、当時その会議の場に朱莉もいた。それを考えれば、何を呑気に…と壱誓は呆れる。
「長官は倉林雅久と会ったことは?」
「あるよ。倉林長官に用事で一課に行った時とか。親戚だらけの祓魔庁で長官の息子だからって優遇される事って無いでしょー。でも副官でもないのに、大体倉林長官の横にいたのよね。同い年だし仲良くしてやってくれって言われたけど…なんか嫌われてるっぽかったなあ。まあ、向こうは源流名家で早期入庁だったから先輩になるけど」
朱莉はなんでかなーと頭を掻く。話を聞く限り、雅久は長官である父を尊敬していたらしい。ゆくゆくは自分も長官職に、と野望を持っていてもおかしくはない。そんな中で、自分より遅くに入庁し、二年で長官になった朱莉は嫉妬の対象になりやすい。所属課も違うし、実力主義の世界のため、仕方ない部分もある。それでも雅久にとっては面白くなかったはず。それが事件と関係しているかは別にしても、だ。事実、朱莉が長官になった際、四課で問題は起きなかったものの、他の課からは揶揄が多かったと、壱誓は聞いた事があった。人の嫉妬にまるで興味がない朱莉に壱誓は感心するというか、呆れるというか、複雑な気持ちだ。
「そういえば、あんまりうちの倉林と似てなかったなぁ。倉林長官と倉林兄が似てる印象。弟は母親似かな?」
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