(三)ー2

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(三)ー2

* 「ではまだ正式な祓魔師ではないのだな」  パリパリ。 「入庁して一年は准隊員なんです!所属の課を変えられるんですけど、僕はこのまま四課にいようと思います!倉林さんはどうしますか?」  パリパリ! 「ぼ、僕もこのまま四課かな…」  ぱり… 「四課は楽しいですよね!皆さん優しいし、芹沢長官いるし、おじいちゃんいるし!四課って他の課となんか違うんですよ。あっとほーむ?っていうのかなあ」  多くの新人が楽そうという理由で四課を選びがち。その中で虎太郎は祖父がいる他、朱莉など知り合いも多いという事で選んだらしい。珍しいといえば珍しいが、和希も親戚がいないという、他とは違う理由で来た。人の事は言えない。 「あの女まだ生きてるのか」 「芹沢長官ですか?長官は死んだりしませんよ!四課の長官だし!妖力も大きいし、先祖返りだし!最強です!僕もあんな風になりたいなあ〜!」  朱莉も水虎に会った事があるらしいが、水虎の口振りから水虎は朱莉をあまり好いていないようだ。しかし虎太郎はそれを気にすることなく、自分が目標とする朱莉を興奮気味に褒め称えた。和希は今一つ理解できないでいる。 「虎太郎も妖力が大きいだろう。妖術も立派だ」 「本当ですか!?水虎くんに褒められると嬉しいなあ!」  虎太郎の事になるとコロッと口振りを変えた水虎はどうやら虎太郎には甘いようだ。深く頷き、虎太郎を褒めた。 「おい。挙動不審者」 「へっ!?ぼ、僕!?」  水虎からの突然の声掛けに和希は慌てる。自分はそんなに挙動不審だったか…とも驚いたが。 「さっきから変な匂いがお前からするぞ。なんなんだ。妖怪を食ったか。鼻が痛い」  水虎が和希を睨み、鼻を抑える。先程虎太郎が和希が先祖返りであると説明したが、それだけではないと感じたらしい。 「食べたりなんてしないよ!…匂いって呪い、かな?目玉しゃぶりの呪いを…」  尻すぼみになっていく和希の言葉に水虎は目を見開いた。 「お前呪い持ちか。千里眼の鬼の先祖返りが目玉に呪いを受けたのか。とんだ間抜けだな」 「返す言葉がありません…」  鼻で笑う水虎に和希は小さくなる。呪いを受けるに至った事は誰のせいだと議論するものでもないのだが、和希が目玉しゃぶりに気付けなかった事も一理ある。本当に一切言葉を返せない。 「呪いを扱う妖怪ってそんなに数多くないですよね?」  ぱりぱりとポテチを食べる虎太郎が水虎を見る。  妖怪は妖力を操り妖術で戦うのが基本。呪いや呪術といった類は心から生まれた負の感情を燃料とし扱う。妖力があり、妖術が使える妖怪は呪いを使う必要がないため、その心得もない。しかし中には呪いを妖術として扱う妖怪や好んで呪いの扱いを覚える妖怪がいる。そのため、呪いを扱う妖怪は少ないが、一定数いる。 「だから間抜けなんだ。呪いなどは呪霊や怨霊の類が基本領分。妖怪で扱うモノはかなり少ない。『妖怪から呪いを受ける』こと自体が珍しいのに、『千里眼を持った珍しい人間』が、よりによって『目に呪いをかける妖怪』から呪いを受けたなど。間抜け以外に何という」 「水虎くん、言い方が厳しいですよ!」 「虎太郎くん、大丈夫。いや、本当、その通りというかなんというか…」  流石に水虎の言い方に虎太郎も注意するが、水虎の言葉を和希は甘んじて受ける。本当にその通りなのだ。  水虎は虎太郎の叱咤を気にするでもなく、手を顎に当てて考える。   「目玉しゃぶりか、確かすぐに死ぬはず…千里眼のせいで効果が膠着しているのか」 「おそらく」  流石妖怪。その中でもレベルの高い水虎。その理解力は見た目からは想像出来ないほど鋭い。和希は黙って頷く。 「呪いが発動しないならいいですよね!」 「そうとも限らん」 「ええ!?」  にこやかに言う虎太郎を珍しく一蹴して、水虎は考え込んだ表情のまま続ける。 「いつ発動してもおかしくないぞ。目玉しゃぶりも千里眼に呪いをかけたなどと思ってないだろう。何がきっかけになるか奴自身もわからんだろうな」 「そんな!い、急いで呪いを解かないと!倉林さん死んじゃう!」  あばばばと慌てふためく虎太郎を尻目に水虎は和希を見た。元々の目つきがそうなのだろうが、その切長の目が和希を緊張させる。 「呪術師に解けないってことは」 「自分で呪いの元を絶たないとダメみたいで…」 「呪術師ではないお前に解けるのか」 「僕の目に呪いがかかってる時点で色々勝手が違うみたいで…そもそも前例が無くて対処のしようがないからとりあえず元凶の目玉しゃぶりを倒せばわかるんじゃないかって」 「何だそれ。博打か」 「いやまったく…はは。でもそれしか今は手立てがないからね」  呆れる水虎に和希も流石に同意せざるを得ない。大人たちが決めた事。自分には決められなかった事と言えば都合が良いのは分かっているが、だからといって代替案も無い。今はそれに賭けるしかないのである。  「そうですよ!急がなきゃ!目玉しゃぶりさーん!!出てきてくださーい!!!」  虎太郎がすくっと立ち上がり、両手を口元に当てて辺りに呼び掛ける。まさか今から倒させる気か。 「呼んでも出てこないよ。出てこられても困るし、怖いし」  子どもらしい発想を可愛らしく思いながら、笑う。しかし内心、本当に出てきたらどうしようと思っているのも事実。その時。 ーがさっ 「へ?」  向かいの草むらから音がした。和希は嫌な予感がする。顔を青ざめさせながら、恐る恐る草むらを見つめた。    ガサガサと音を立て揺れる草。音と揺れが大きくなっていく。すると、 ーにょき  草の色とは違う、動物毛とも違う。石のような色と質感を持ったモノが現れた。妖怪だ。 「ひょっ?!」  突如現れた妖怪に和希は変な声を出してしまった。  和希の慌てぶりに妖怪は大きな目玉をぎょろぎょろとさせて、ニタァ…と笑う。 「妖怪!お昼なのに!」 「雑魚だ。この辺は人がうろつかんからな。昼でもどこかしらにいるぞ」  虎太郎も妖怪を認識して慌てて戦闘態勢を構える。対して水虎はゆっくり立ち上がり、静かに妖怪を見据えた。 【あいdrゔぃうえrんfるえhふぃえrhds】  聞き取れない言葉が妖怪から発せられる。人語は操らない妖怪らしい。しかしその雰囲気からかなり和希たちに威嚇をして敵意が剥き出しにされている。  妖怪は和希たちに向かって、口の中から何か黒いものを吐き出した。慌てて二人は跳んで避けた。 ーぶしゃぁ ーシュウウウウ  避けられたのは日頃の危機管理能力によるものだ。その判断は正しく、妖怪の口から吐き出されたそれは付着した地面に生えていた草を枯らし溶かした。 「と、溶けっー」 「赤子だ。あの程度では死なん」 「そういう問題じゃ…!赤子!?あれで!?」  草が溶ける液体を吐き出す妖怪にも水虎は慌てることなく、サッと避ける。草が溶けるのをあの程度と言うか…和希は内心水虎もなかなか恐ろしいと思い、念の為に持ってきていた刀を抜く。 「このままでもいずれ人間に危険が出ちゃいますよね!」 「あれだけの気性となるといずれは討伐対象だろうな」 「今でも十分危険ですぅ!!」 ーぶしゃあ!  繰り返し何度も吐き出される液体を避けることで精一杯。案外感覚には敏感らしく、少しでも近付けば液体が飛んでくる。 「あの攻撃じゃ、倉林さんは近づけないですよね!?」 「刀はちょっと…」 「じゃあ、僕の出番ですね!!」  虎太郎が余裕そうに、ニコっと笑う。  和希は虎太郎の笑みの理由が分からないでいると、虎太郎は妖怪の方を見て大きく口を開け、息を吸い込んだ。 「すぅぅぅ…」 ーばぁっ 「っ!?」  虎太郎の口から出た、突然の音波に和希は驚いて耳を押さえる。虎太郎の妖力は和希より大きく、剣術体術より妖術をメインにして戦うスタイルだ。繰り出された音波は周りの木々は薙ぎ倒す。当然もろに喰らった妖怪はよろめく。  虎太郎はよろめいた妖怪を確認すると、耳を押さえた和希に構う事なく、声を掛ける。 「倉林さん!」 「うん!」  突然の事だが、瞬時に虎太郎の意を汲んで和希は刀を構え直し、妖怪を視界に捉え、妖天穴を確認する。そしてそのまま妖怪に斬りかかった。 ーガッ  胸にある妖天穴をひと突き。仕留めたと、思った。  しかし妖怪は一度しゃがんでしまったその姿勢から、体を捻り和希の一撃をかわしていた。そのまま地面を蹴り、飛び出す。その先には虎太郎がいた。一瞬の隙を突かれ、虎太郎は回避態勢が取れない。 「っ!?」 「虎太郎に触れるな、低級が!」  声を荒げた水虎は素早く両手で三角を作り、水の球を作る。それを勢いよく飛ばし、妖怪にぶつけた。 ードンッ  その音は鈍いながらも、大きな反響が威力を証明する。妖怪はいとも簡単に吹き飛ばされ、虎太郎から離れた。すかさず水虎は和希を睨む。 「何をしている。早くやれ!」 「え、あ、はい!」  思わず敬語で返事してしまったが、和希は体勢を整えて先程確認した妖天穴目掛けて妖怪に斬りかかる。 ードッ  次こそはちゃんと刀が刺さった。妖怪はそのまま妖石を残し、消滅していった。
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