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花も恋も寿命は短い
かーってうれしい はないちもんめ。
―――好きでした。大好きでした。
まけーてくやしい はないちもんめ。
―――笑うあなたを見つめていました。
あの子が欲しい。
―――隣のあの子が憎いです。
あの子じゃわからん。
―――居なくなれと願っていました。
相談しよう、そうしよう。
―――だからあの子の名前を教えました。
きーまった!
※※※が欲しい!!
※※※
学生の昼は戦争だ。
特に人数の多いマンモス校の購買はパン争奪戦でてんやわんや、お祭り騒ぎが起こっている。や、お祭りというより殺し合いのほうが正解な気がしてきた。こういう時に弁当でよかったと思う。
「なあな、その卵焼きいっこちょうだい」
「だめ、あげない」
「ちぇーケチでやんの」
目の前で焼きそばコロッケサンドをもぐもぐしているのは幼馴染である成瀬 晴夏という男である。授業終了のチャイムでスタートダッシュをきめ、コーナーで差をつけてパン争奪戦を勝利した猛者だ。ちなみに廊下を走るなと担任に何回も注意されている莫迦でもある。
「自分で弁当作ってくればいいでしょ」
「え〜、朝は布団ちゃんが離してくれなくって。きゃっ」
幼馴染のぶりっ子ポーズに思わず「きも」と本音をこぼす。ひっでーと抗議をうけたけどひっでーのはそっちの女声である。品を作るな。
拒否してもまだ卵焼きを狙う幼馴染を牽制していると、校内放送で溝みたいなアナウンスが流れた。
『1年A組の雀部、雀部 つづら、放課後教室に残るように』
「げぇっ嘘でしょ!?」
「あーあ、今日も呼び出しマジウケる」
マ頑張れよと言いながら卵焼きを攫った幼馴染をぶっ叩いて、私は項垂れるばかりであった。
学校には学生が守るべき掟がある。
それは校則という名をしている。学生生活を円満かつ安全快適に送れるよう秩序を守るためにあるそれに、こんな文言は無かっただろうか。
『部活には必ず入らなければならない』
我が校も例にもれず、この校則を遵守するのが学生の義務であった。
ちなみに、唯一入りたかった「帰宅部」という素敵なひびきの部活は『文化的でない』『怠惰は許さん』『遊び呆ける時間を増やす贅沢は敵うんぬんかんぬん』でお取り潰しになったのは五年前のはなし。
さて私にはどうしても部活に入りたくない切実な訳がある。入学してからずっと現実から逃げていたわけだが、それも今日で年貢のおさめ時らしい。なぜならいま現在、生活指導の先生に首根っこを引っ掴まれているからである。
「おまえはほんっとに、そろそろ諦めろ!」
「いーやーでーすー!! 希望ある限り私はこの理不尽に抗い続ける!!」
「無駄にかっこいいセリフもこの状況じゃ台無しだぞ!」
やだやだ勘弁してつかーさいと手足をばたつかせるも、体育教師である担任の前ではあまりにも無力だった。せめてもの抵抗に全体重を担任の腕にかける。それでもびくともしない腕に打ち震えた。
「……ゴリラ」
「誰がゴリラだ誰が」
ゴリラはペイと手を離して紙を差し出してきた。紙の上部には『入部届』の文字。
絶望だ。最悪だ。人生はクソだ。頭の中にあらゆる底辺を表す言葉を浮かべる。顔に出てたのかその様子にゴリラはでっかいため息を吐き出し、更に絶望するような事を言い放った。
「部活決めてないのはお前だけなんだから、今日中に決めるように。もし決めずに帰りでもしたら親呼び出しだからな」
「そんなぁ!!」
嘆き声虚しくゴリラは去っていった。親呼び出しなんてされたら翌日学校中に知れわたることになると思う。噂んなっちゃう。
「はぁ、気が重いなぁ……」
廊下はすでに茜色。もう少しすれば道端でカレーの匂いでも漂ってくるだろう。
さっさと部活動を選んで入部届を提出しないと学校にひとりぼっちだ。そしたら親呼び出しされてしまう。
あの教師はやると言ったら必ずやる。エベレストに登ると言ったら必ず登るような暑苦しい教師なのだ。私は観念し、トボトボと学内掲示板に行くことを決めた。
部活動に関する掲示物は一階の学内掲示板にすべて張り出されている。今ならばギリギリ部活動紹介の張り紙が残っているはずだ。
「うわぁ……あるわあるわ、部活動紹介と勧誘の張り紙」
掲示板は板が見えないくらいピンクや黄色など色とりどりのビラで埋め尽くされていた。掲示板にビラが収まりきらなかったんだろう、木枠にまで留められている。
「ビラの上からビラを貼るなんて、なんて自己主張が激しいんだ」
よく見ると特に中心に何枚も同じ部活動の紙が貼ってある。運動部のビラの上に文化部のビラ。意地になったのかその上にさらに運動の物が重なっていた。我が強いんだみんな。
―――あれ?
主張の激しいビラの中に、一際小さい紙が一枚紛れている。
ルーズリーフを適当にちぎったそれは余りに簡素で、この個性の殴り合いみたいなビラの中で逆に浮いているように見えた。
「これも勧誘の張り紙の一種なのかな」
だとしたら乙な事をする。
ルーズリーフには少し神経質な字で「映画研究倶楽部・部員募集」と書かれていて、それ以外はまったく情報がない。
首を捻っていると紙の少し浮いた部分に夕日が当たり、うっすら裏の文字がすけて見えることに気づいた。
私は画鋲をはずして紙をうら返す。
「えっと……228888811122222000?」
紙には中央一列になぞの数字の羅列。ちぎった時に数字をメモした部分に気づかず使ってしまったのか。
でも、そうしたら数字の羅列の途中から破けていそうな気もする。それに、これは多分だけどルーズリーフを破いたあとに書かれたものじゃないだろうか。
「あ、よく見たらこれ下にうっすら字を書いた跡がある」
まるでシャープペンシルで芯を出さずに引っ掻いたような跡だ。目を凝らしても文字の認識はできない。
そういえば何かのミステリ小説だかで鉛筆を使い、メモに残った筆跡を浮き出して確認する描写があったはずだ。
「美術室がいちばん近いかな」
あそこなら鉛筆くらいあるかと当たりをつけ、メモを持って移動する。なんだかアトラクションを遊んでるみたいだ。私は軽い足取りで廊下を駆けた。
美術室に着くなり鉛筆を失敬し、それを寝かせるようにして軽く滑らせる。すると紙の凹凸部分が明らかになる。
「おお、浮き出てきた」
『hint い←、う↑、え→、お↓』
どうやら数字に対するヒントらしい。しかしてんでわからん。
このひらがなの横にある矢印はなんだろう。ひらがなの「あ行」の最初の一文字が無いのは何か関係が?
「うーん、い、う、え、お……」
人差し指を空中で矢印の方向に弾く。「い」が左で「う」が上、「え」が右で「お」が下―――あ。
もしかしてフリック?
スマホをポケットから取り出してフリックしてみる。「あ」を左に滑らせると「い」、上に滑らせると「う」が表示される。
私はフリックで文字を打てない人種なので確証は無かったけど、どうやらヒントの意味はスマホのフリックで間違いないみたいだ。
そっか、ここまで来ると連鎖的に思考がつながる。この数字の羅列はおそらくスマホの数字のキーボードだ。
なぞの数列『228888811122222000』の最初の「2」の数字。キーボードの文字をかな文字から数字に切り替えた時「2」ボタンの場所には「か」のボタンがある。
「2」は二個あるのでこの場合「か」のボタンを二回おす。すると出てくるのは「き」である。この様にそれぞれの数字も同じように文字に変換していけば何か意味のある字列になるはず。
スマホの画面の数列を睨みながらポチポチ押していくと、それっぽい文字が見えてきた。
「きゅうこん―――球根?」
これは場所を指しているっぽいし、球根でないことだけは確かだ。うーんと身体ごと横に傾ける。そう言いえば旧コンピュータ室という場所があると聞いた気がする。
そこは教室の外れの外れ、下駄箱からもっとも遠いため誰も近寄らない空き教室だ。誰だってわざわざ階段でいちばん上の階に行くやつはいない。疲れるんだ。
「いやだないやだなぁ……行きたくないなぁ。少なくとも一人では絶対に行きたくない」
行くのが怖い。皆が行きたがらない場所に一人で行きたくない。
なぜこんなに渋るのか、それはそこに人が近寄らないもう一つの理由にある。
―――そう、"でる"のだ。ここは。
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