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 ケイトは迂回路である明るい山道をスイスの大会とダブらせて歩いた。木々に囲まれた道は使う人がいるらしく、踏み固められた地面から土の匂いがする。ミーナは林道に慣れていて、軽快に足取りを進めていた。二人が呼吸する度に濃い緑が肺を満たしていく。それからしばらくして、ケイトの後ろを歩くミーナは何かを感じ取り、足を止めた。 「なぁ、こっちであってるのか?」  ケイトは振り返ると眉間に皺を寄せる彼女の姿があった。今、二人は柔らかい木漏れ日に包まれていて、ケイトに不安な感覚は何もなかった。 「整えられた道は一本だけど、心配だったら戻ろうか?」  ミーナはケイトの提案に対して、戻らないと返事をする。ただ、表情からは何か腑に落ちない事があるように感じられる。しばらく進むと林道は軽い傾斜が続いていて、山林に近い印象となった。さらに歩みを進めると二人は小高い丘の上に出る。今までの道とは違い、地面が石畳で整地されていた。休憩できるように木製のベンチが設置されていて、透き通った湧き水もゆっくりと呼吸するように揺らめいている。円形に整えられた場所で二人は肩の力が抜けた。 「無事に着きそうだね」  ケイトが言葉を発すると、ミーナが円形広場の中央から湧き出る水に駆け寄っていく。その姿を微笑ましく見ていると、視界の先に天に向かって伸びる黒い建造物が入った。間違いなく影の塔だと確信するほどの存在感で、目的地に近づいている胸の高鳴りと、建物の発する力強さがケイトの動きを止めた。  森の中からは木が視界を遮り見る事はできなかったが、開けた場所に出ればその塔は存在を示す。遠征したエルフの士気を高めた気持ちや胸が熱くなるような感覚がケイトにも湧き上がってくる。  ミーナは湧き水で顔を濡らすと、ケイトと同じ方向を見つめた。彼女の瞳は見開き、まだ見ぬ世界に期待するような輝きを帯びていた。しばらく二人は無言のまま、影の塔を見つめた。エルフの城は堅牢さと華やかさを備えているのに対して、影の塔は遠くからでも堅牢さと威圧感を感じる。  暖かい光の中、沈黙を破ったのは烏の声だった。真っ黒で艷やかな羽根を持った烏が一羽、飛び立ちながらカァと声を発した。レイブンの称号を授かった二人には親しみを感じる瞬間だった。烏は羽ばたきながら、影の塔の方へ飛んでいく。
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