結婚と純愛

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 そういうとママは、クッキーの空き缶のなかからたくさんの写真や手紙、外国製らしいポストカードをだして俺に見せてくれた。セピアがかった古い写真には、椅子にかけてしあわせそうに微笑む整った顔立ちの中年女性と、彼女の肩に手をそえて横に佇む、やさしそうな目をした青年が写っている。ふたりの様子は親子のようにも、初々しい恋人どうしのようにも見えたが、いずれにしてもそこには、大きな愛の姿がはっきりと見てとれた。  結婚。それは生涯、ふたりで愛しあい家庭をつくり人生を共に生きていくという決意。しかし俺にはその覚悟があるのだろうか。それに、香奈枝は? 彼女にしたって、はたしてそこまでの考えがあるのかどうか?   俺と香奈枝は、年末に結婚することがきまっている。いまから5ヶ月後。付き合って3年。俺は33歳で、香奈枝は29歳。30歳までに、という無言のプレッシャーのようなものはたしかにあって。俺にしたってもう若くはないし、友人や同僚たちも7割ほどはすでに既婚か予定ありだ。俺の地元である地方都市では、おおよそ平均年齢ともいえる。  しかしここへきて思う。結婚とはそんなことでいいんだろうか。俺は香奈枝のことがほんとうに、それほど好きで愛しているのだろうか。なんだかわからなくなって、たまたま出張で訪れたこの町で、派手さはないがやさしく灯る「スナック和」の明かりにつられてフラリと入ったこの店。昭和そのままのムードが漂う穏やかな空間で、若々しく元気だがおそらく80代であろう気さくなママに、思い切って結婚の話題を出したことでこのような興味ぶかい話が聞けたのだった。  いきなり個人的な話をしてしまったのには、ママのもつオーラとでもいうのか、初対面にもかかわらずなぜか安心できるような、なんでも受け止めてくれそうな温かさを感じたということもある。 「でもね、あたし思うのよ」  ふたりの写真を手に取り見つめながら、ママが言葉をついだ。 「これは究極の愛に違いないけれど、愛の形は十人十色。出会ってすぐに激しく求めあうこともあれば、何十年もかけてじっくり育ち、誰にもかなわないような強固な愛を築くことだってある。それこそ時代によっても変わるもんだし、どんな結婚が一番かなんて、誰にもわからない。だからあれこれ考えたところで詮ないこと。  結婚はね、ご縁とタイミング。そりゃ踏みだすときはちょっと怖いかもしれないけどね、とくに男性にとっては。一家の(あるじ)としてしっかり稼いで、大黒柱になって一家を支えていくんだもんね。あら、でもこんな考え方もう古いのかしらね? あたしったら気がついたら生きた化石、シーラカンスになってんだからねえ、困っちゃうのよねえアハハ!」
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