結婚と純愛

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 俺はママの明るい笑い声に送られながら店を出た。たしかに、ママのいう通りかもしれない。さち姉ちゃんみたいに、ドラマチックで純粋な恋愛をしてその先に結婚がある、というのは理想だが、そんな夢物語のような話はそうそうないだろう。「男のクセに、夢見がちでえらいロマンチックなヤツだなお前は!」と友人にからかわれるほど甘い妄想癖がある俺ですら、それはさすがに現実的でないとわかる。  時代、そう時代も大いに関係するだろう。戦争があった頃は愛と死がつねに交錯し、人は一日一日を、いまよりずっと真剣に生きていたはずだ。ひきかえ、自分で言うのもなんだが、現代では大した危機感など持たないままのらりくらりと日々をやり過ごせる。  加えてテクノロジーの進歩により人と人との交流はどんどん希薄になり、実際に会って話すよりメッセージアプリを使ってやり取りする方が一般的となった。そこには匂いも温度も感じられないが、ママの言葉を借りれば「そういう時代」なのだ、いまは。  結果、自分の想いや考えは瞬時に伝わるようになり「待つ」必要もほとんどない、というか待てない。メッセージの返事が数十分以内に来ないとイライラする人も多いそうだ。  そんな現代人にとって、さち姉ちゃんのように実体すらないものを信じて何十年も待つなんて、お伽話にしか感じられないだろう。  詩人だった祖父の遺伝子のせいか根っからロマンチストの俺は、そんな世の中が味気なく少しさびしい気もするが、そういう時代に生を受けたのだからそこは逆らわず、それでもできる限り精いっぱい生きてみたい。さち姉ちゃんほど深く揺るぎない愛情を持てるかはわからないが、いまを生きる俺たちなりのしあわせを、じっくり紡いでいけばそれでいいのじゃないか。  そうだ。しあわせは天から降ってくるものじゃない、自分自身で作り上げていくものなんだから。  ろくすっぽ街灯のない町はずれの暗い夜道を歩きながら、ふと立ち止まり、空を見る。そこには陰りのない、大きくてまるい月の姿があった。と、メッセージを知らせる電子音。香奈枝からだ。 「ね、きょうのお月さま。すごくきれいだよ」  香奈枝もちょうど月を見ていたのか。こういうところ俺と感性が似てるんだよなあ。  同じものを、同じときに見てうつくしいと感じるこころ。ふたつのこころはたとえ離れていても共鳴しあい、きれいなハーモニーを奏でることができるはず。これからの長い人生をいっしょに過ごす相手として、それはとても大切なことのように俺には思われた。  しばらく佇んで月をながめながら俺の目には、その先にふたりの未来がキラキラとかがやき現れてくる気がするのだった。 (了)
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