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降れば土砂降り
目覚めたら土砂降りだった。
これまでの人生もそうだけど、いまは物理的にもだ。
「なんだ、これ」
鬱蒼とした森に囲まれた空き地。周囲には靄が立ち込め、焦げたような匂いが漂っている。
ザバザバ降り注ぐ雨に打たれて、ぼくはずぶ濡れのまま沼のようになった水溜まりのなかに転がってた。
状況がわからない。予備校帰りの電車に揺られて、ウトウトしてたところまでは覚えてるんだけど。なんかあったのかな。あったんだろうな。通学路だった京成線沿いに、こんな風景ないしな。これじゃまるで……
異世界転生でも、しちゃったみたいだもんな。
「マークス!」
どこか遠くで女の子の声が響いた。水溜まりを漕ぎながら駆け寄ってくる水音が、背後から聞こえてくる。
“マークス”って、なんだ。ここには、ぼく以外にいないみたいだけど。
振り返ったら、白と金色の塊がぶつかってきた。薙ぎ倒されて水に叩き込まれ、息が詰まって溺れそうになる。
「げぽッ、ぷ……なにすんッ」
胸倉をつかまれた手を振り払って立ち上がると、怒りに燃えた青い目と向き合うことになった。
「どういうつもりだ、マークス! こんなところで何をしている!」
「え?」
そんなの、こっちが聞きたい。だいたい、ぼくはマークスなんかじゃなく、ちゃんと名前が……
「……名前が」
思い出せない。
愕然として自分の手を見る。なにこれ。左の掌におかしな紋章。両手首に手錠っぽい不思議なブレスレット。身に着けている服は、生成りのキャンバス生地みたいなゴワゴワの作業服だ。
「あれ? ちょっと待って?」
制服のブレザーは? 腕時計は? スマホは? どこ行ったの? ていうか……
雨に打たれて泡立ち無数の波紋が揺れる水面。そこにチラチラと揺れるぼくの髪は、
燃えるような真紅で。
「マークス。貴様、まさか魔女と戦ったのか」
「……まじょ。って、誰?」
「おい! しっかりしろ!」
待って。魔女がどうこういう前に、あなたは誰?
そして、何をそんなに怒っているの?
「わたしが戻るまで待てと、あれほどいっただろうが! そんなに主人が信用できないか! 貴様ひとりが犠牲になれば、全てが上手く行くとでも思ったか!」
「ちょ、ちょっと待って」
「サーバントの貴様では、身代わりになどならん! 王家の血を引くわたしが死ぬか、敵をこの手で倒すしかないのだ!」
わからない。何の話かサッパリわからないけど、わかったことがある。
わかりたくなかったことばかりだが。
なにがどうしてそうなったかはともかく、ぼくがマークスという名の従僕らしいこと。この金髪の美少女が訳ありの王女様で、ぼくのご主人様らしいこと。魔女と呼ばれる相手と戦っていたらしいこと。
そして……
「まずい……水から出ろ、早く!」
轟音とともに激しく水飛沫が上がり、泥を撒き散らかして地面に大穴を開ける。もうひとつ気付いたことがある。この巨大な水溜まり。というか、森に囲まれた広場自体が、だけど……
魔女の攻撃によって作られた、爆心地らしいこと。
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