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このドアの向こうに、その人がいる――。体の中が波打つような感覚に、僕は一瞬手を止める。
「お兄ちゃん……」
いつもは強気な美桜がシャツの裾を掴む。僕の味方となり、背中を押していてくれた彼女も、今になって迷っているのだろう。それもそのはずだ。ここまでに至る道は、決して平坦ではなかった。
こっそり相談したおじいちゃんおばあちゃんは僕らの言い分も聞かずに反対したし、そこから話が漏れたせいで、母さんと父さんを泣かせることになってしまった。
その人はお腹にいたあなたごと、私を捨てた人よ。ろくでなしよ。あなたが求めるような人じゃないのよ。
母さんが震える声で言うのを、父さんは隣でじっと聞いていた。その目には涙が浮かび、膝の上で握られた手は、僕を引き止めたがっているようだった。
けれど、父さんはそうしなかった。その資格がないと思ったのだろう。だって、僕は美桜と違って、父さんの子ではないのだから。
お兄ちゃんは、自分の本当のお父さんに会う権利がある――「行きたい」「行かせられない」がせめぎ合った場を、最終的には美桜の言葉が打ち破った。
兄と半分しか血が繋がっていないという事実にショックを受けただろうに、美桜の言葉は強かった。母さんはタンスの奥の葉書から、本当の父さんの居場所を教えてくれ、僕たちはここまでやってきたのだ。
「美桜、離して」
僕の体を引き戻そうとする妹に、僕はできるだけ穏やかに言った。体の中はまだ波打つようにうねっていた。けれど、ここで引き返すわけにはいかない。そうすることは簡単だ。けれど、もしそうしてしまったら、後悔することを知っていた。
どんなろくでなしだと言われても、最悪な結果が待っているのだとしても、僕は本当の父さんに会ってみたい。顔だけでも見てみたい。
僕を育ててくれた父さんが本当の父さんではないと知った瞬間から、僕は体の半分を失くしたような気持ちになっていた。
人間が生まれるには、必ず両親が必要だ。だから、その片方しか知らずにいるということは、僕の半身は永遠に失われてしまうということなのだ。
「お兄ちゃん、本当のお父さんに会っても、私たちは家族だよね」
美桜が言った。母さんみたいな涙声だった。育ててくれた父さんみたいな優しい声だった。
けれど、それには応えず、僕はドアをノックした。開いてるぞ――初めて聞く低い声が、その向こうから聞こえた。
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