第二章

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4 射撃訓練  冬の最中だというのに、総督の執務室には窓からさんさんと日が差していた。久しぶりに視察から戻り、ソファで報告を聞いていた総督が思い出したように訊いた。 「どうだ、レイモンドの様子は?」 「はい。真面目にトレーニングに励んでいます」 「そうか。逃げ出しもせずにやっているか。マリオンに任せて正解だったな」  総督が目を細めてにこやかに言う。こんな穏やかな顔は珍しいと思いながら、ウォン補佐官が続けた。 「はい。一時はどうなることかと思いましたが…」 「一時?」 「あっ! …実は最初のうち、艦隊を外されてマリオン・ゼクスターは落ち込んでいました。あれほど水際だった手腕を発揮していたのに、酒浸りの毎日で…。わたしはゼクスターを教育係にしたのは間違いだと思ったほどです」  ウォン補佐官は総督が留守の時に、本部を守る男である。総督に遠慮せずに言いたいことを言える数少ない男でもあった。人や物事をきちんととらえる力はもちろん、総督に対して意見くらい言えないと総督補佐など務まらないと思っている。 「ほう?」 「それが…、いつの間にかあの男は立ち直っていた。今では、厳しい教育係だと噂になるほどです。わたしも密かに見にいきましたが、それは厳しいですね。  驚いたことに、プレスクールではまったく言うことをきかなかったレイモンドが彼の指示に素直に従っていました。ミスしたり、できなかったりすれば叱られるようで、レイモンドも必死です。わたしが見ている時も、ぐずぐずするなと頬を張られていました」 「そうか、そうか。マリオンには厳しくしろと言っておいた。レイモンドが従うならいいじゃないか」 「かなり…、厳しすぎる気がしますが…」  総督は目を見開いた。 「ははっ。おまえが指導を受けているわけじゃない」 「それはそうです。ゼクスターがわたしの教育係でなくてよかったと思いますよ」 「ほお〜。わしものぞきに行くか!」  それはお止めください、と引き留める補佐に冗談だと総督は返事をするが、実際のところはレイモンドが一生懸命トレーニングをする姿を見てみたいと思っていた。 「引き続き、様子を探っていてくれ。折りにつけ、報告を忘れんように」 「はい、畏まりました」  ある日の午後である。  ウォーミングアップを済ませたレイモンドにマリオンが告げた。 「今日から、射撃訓練を始めます」 「はいっ!」  レイモンドがエメラルド・グリーンの瞳を煌めかせた。いつも、新しいことを始めると言うとうれしそうな顔をする。この子は本当に好奇心が強いとマリオンは思う。 「これまでに銃を撃ったことは?」 「あります。手に入ったときはナイフより手っ取り早いから、銃を使っていました」  さも当然というように、レイモンドが答えた。  何をするために? とマリオンは思ったが、意味するところは一つしかない。相手を倒すためである。いや殺すためかもしれない。  少し前から始めた戦闘訓練が頭をよぎる。レイモンドは闘わせるとかなり強かった。  しかし…、単に勝てばいい、相手を負かせばいいというスラム流は気に入らない。喧嘩で身に付けたものは、喧嘩では通用しても、戦闘では通用しない。でたらめな戦法を正さねばならなくて、苦労しているのだ。  射撃も悪いクセがついているのだろうか。  それよりも心配なのは…。 「言っておきますが、射撃は遊びではありません。銃を間違って扱うと怪我をするので注意すること。それから…。銃は敵から自分を守る大切な手段ですし、仲間を守ることもできます。だから、わたしたち戦闘員は射撃訓練に励んでいますし、養成所の選抜試験でも重視されています。  銃はひとの命を簡単に奪います。でもわたしは…、ひとの命を奪うためではなく、ひとの命を奪わなくても済むように射撃の腕を磨いてほしいと思っています。わかりますか?」 「はいっ」  本当にわかっているのだろうか。殺すために撃つのではなく、自分の身を守るために相手の戦闘能力を削ぐために撃つのだということを。  大切な者などなかったこの子は、敵はもちろん、仲間でさえ傷つけるのをためらわない気がする。  レイモンドはひとの痛みに無頓着なところがある。命の大切さをきっちり教えねばならない。  そう思いついてマリオンは苦笑する。部下たちを平然と敵と闘わせてきた俺が…。何人もの部下を死地に追いやってきた俺が…。命の大切さを教えることなどできるのか。それでも。レイモンドには命を大切にしてほしいと思う。自分の命も、他人の命も…。  深く考えるのはよそう。  マリオンはレイモンドに練習用の銃を手渡した。微妙なコントロールが必要なレーザーではなくて、普通の実弾を撃つための拳銃である。口径が幾分大きめになっているそれは、レイモンドの手にはあまるように見えた。 「分解と組立は教わりましたね」 「はい」 「やってみなさい」 「はい」  射撃訓練の初歩の初歩である。構造を知ると同時に、銃を自分の一部として扱えるようになるためには、分解と組立、そして手入れが欠かせない。  銃を手に取るとレイモンドは分解を始めた。慣れていないから仕方がないが、時間がかかる。必死で銃と格闘している姿は微笑ましくもあるが、レイモンドは不器用だと思う。忍耐を知っているはずの自分が、いらいらするほど。 「おまえは、ほんとうに不器用ですね」  あきれた声を出したマリオンに、レイモンドが泣きそうな顔で 「……あ、はい……、できました」  とようやく組み立て終わった銃を差し出す。  マリオンはそれを手に取り、一瞥する。見た目は大丈夫だが……、見ると机の上に小さなネジ? マリオンはそれをつまみ上げて冷たく言う。 「レイモンド、これは何ですか? このまま撃ったら暴発しかねない。やり直し!」 「……あッ、すみませんッ」  首をすくめたレイモンドを前に、マリオンは大きくため息をついた。 「今日から寝る前に特訓です。毎日10分は銃に触りなさい。いいですね」 「はいっ」  レイモンドはずっと、この命令を守り通した。そのおかげで、銃が自分の手のようになり、並ぶものがいないほどの腕前になっていく。が、それはずっと後のこと。今はまだ、その兆しさえなかった。  何度かやり直しをさせた上で、マリオンはようやく許可を出した。 「いいでしょう。ブースに入りなさい」 「はい」  的は距離が一番短い10m。 「両手で構えて撃ちなさい」  両手でも、レイモンドには反動が大きいようだ。的からずいぶん外れている。 「脇が甘い!」 「腰を安定させる! 足の位置が違っている、先ほど教えたましたよ」  言葉だけ聞いているとそれほどでもないが、マリオンが竹刀を手にして立っている様は厳しさがにじみ出ていて、それだけで恐い。  時折、手にした竹刀でレイモンドをビシリと打つ。必死でやっている本人より周りで見ているものが恐れをなすほどの指導であった。  午後中、ぶっ続けで射撃訓練という無謀なことをマリオンはここ2週間、続けていた。操縦クラスの授業がある時は、ジムのトレーナーに頼んでいくが、それ以外はつきっきりである。操縦クラスがある日でも、終わるとすぐに戻ってきて指導した。  不器用なレイモンドだからこそ、徹底的に基礎を叩き込もうと思っていた。それには、毎日、やらせた方がいい。  基本姿勢から始め、意識せずともきちんとした姿勢で撃てるように、腕が上がらなくなるまで繰り返させる。1週間も続けると、なんとか様になってきて、ようやく的に当たりだした。それから、的の中心に当たるように、さらに徐々に的を遠くして。  最初の日から比べると飛躍的に上達していたのだが、マリオンの要求するレベルが高くて、レイモンドは毎日、叱られてばかりであった。
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