第二章

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5 負けず嫌い  その日も課題がクリアできなくて、夜のトレーニング時間にまで射撃練習をするはめになった。銃を扱いだして日が経たないから仕方がないのだが、マリオンの目からするとレイモンドはレベルが低すぎるように感じられて仕方がない。  基礎体力や運動能力はあるのだが…、これでは養成所の射撃クラスで落ちこぼれる。  そんなことを考えながら、ついつい厳しい表情になっているマリオンに、珍しく声がかかった。 「教官。何をしておられるのですか?」  養成所の生徒、アレクセイ・ミハイルであった。濃いブルーの瞳に彫りの深い貴族的な顔立ち。言葉遣いや物腰に上品さが漂っている。 「んっ、アレクセイ…、自主練習か?」 「はい。もうすぐ課題試験がありますので」 「そうか、頑張りなさい」 「ありがとうございます」  アレクセイは頭を下げた後、すぐにブースに入ろうとせずに、レイモンドの様子を見て聞く。 「あの方は?」  小さな子どもに、あの方という言い方が、いかにもアレクセイらしい。 「ああ、レイモンドだ。わたしは養成所の教官であると同時に、彼の教育係なんだ。知らなかったか?」  アレクセイが、ああと納得したようにうなずく。マリオンが指導をしている少年がいることは噂で聞いていた。 「聞いたことがあります。でも、あんなに小さな方だとは思いませんでした」 「14歳だよ、キミと一つ違いだろう?」 「いえ。僕は16歳になりましたし…」  体格が違うといいたいのだろうか。それとも、15歳で養成所入りを認められたアレクセイである。才能が違うと言いたいのか? マリオンの暗灰色の瞳が鋭い光を放つ。その瞳を避けるようにうつむいたアレクセイが思いもよらぬことを。 「こんな風に教官にずっとついていてもらえるなんて…、彼がうらやましい」  僕なんか、週に1回、基礎操縦クラスでしか指導してもらえないのにと。  それほどアレクセイになつかれていた覚えのないマリオンは首を捻る。 「操縦は教えていない。養成所に入れるために基礎トレと射撃を見ているだけだが?」 「それでも…。うらやましいです」  その時、弾倉を撃ち終えたレイモンドがくるりと振り返った。  マリオンが誰かと話をしているのが目に映る。引き締まった横顔に笑みが浮かんでいるのにわずかに目を見開いた。自分には決して向けられないやさしい眼差し、たまらなくなってレイモンドは声をかけた。 「マリオン、撃ち終わりました」  きちんと姿勢を正しての報告だ。  たちまちマリオンの雰囲気が厳しくなる。その鋭い視線と一緒に、養成所のトレーニングウエアを身に付けた若者の顔がレイモンドに向けられた。  彫りの深い容貌、しなやかな体つきで、背丈もそこそこある。端正な顔には高貴さがあふれていて、レイモンドは引け目を感じてしまった。  ところが。  アレクセイの衝撃はレイモンドの比ではなかった。一目見るなり、目を奪われてしまったのだ。エメラルド・グリーンの深い瞳、すっと通った鼻筋、愛らしいくちもと、ほんのり染まった頬…。  いや、一つひとつの造作よりも。輝くような美しさに、力強い生命力に魅せられた。  エメラルド・グリーンの瞳に吸い込まれたように見つめていると、その瞳がきっと鋭くなる。 「……ッ!」  アレクセイには、マリオンに気軽に話しかけるな、自分のものだとレイモンドが主張しているのがわかった。自分より幼い少年なのに、逆らうことを許さない瞳。漂う威厳に、上に立つように生まれついた者の風格を感じる。  まっすぐに突き付けられた瞳に、アレクセイは、マリオンに取り入りたいという浅はかな心を見透かされた気がした。  自分のしていることが恥ずかしくなって、目を伏せる。 「すみません、訓練の邪魔をしてしまいました」 「いや、かまわない」  アレクセイはそのまま隣のブースに入り、射撃練習を始めた。的に集中することで、いまの衝撃を忘れてしまいたかったのだ。  アレクセイの射撃の腕前は見事であった。優雅な構えからすっと前に腕を伸ばす。その動きが美しいとレイモンドは思った。マリオンと比べると力強さはないが、射撃に力強さなど不要なのだと思わせるほど自然な動作。  物心がつく頃から銃を握ってきたアレクセイである、武器が優美な小道具のように思えても当然かもしれないが…。  目を見張るレイモンドの隣でマリオンがほうと息をつく。 「…なかなかの腕ですね。レイモンド、見てみなさい。おまえのように力が入っていないし、強引でもない。静かでムダのない動き、それなのに確実に的を射抜いている」  正当な評価であろう。レイモンドは認めざるを得ないのが悔しかった。 「そうだな、もう少し…」  マリオンはアレクセイに近づくと、ひと言、ふた言、注意をする。うなずいたアレクセイの後ろにマリオンが腕組みをして立った。先ほどより命中率が上がる。  効果的なアドバイスができたことに、マリオンは満足そうに微笑んだ。  2人の様子を見ていたレイモンドの瞳が鋭い光を宿す。丁寧に礼を言うアレクセイに気持ちのいい笑顔を向けて振り返ったマリオンは。  な、なんだっ! その目は!  一瞬、たじろぐほど、レイモンドが冷徹な瞳で睨み付けていたのだ。  そんな視線を向けられたのは初めてだった。不審に思いながらも、マリオンが負けずに瞳を鋭くする。2人の視線がからみ合って、レイモンドがあわてて下を向いた。つかつかと近寄るとマリオンはレイモンドのアゴをぐいとつかんでむりやり目をあわさせた。 「わたしに言いたいことでもあるのですか?」 「……」 「訊かれたことに答えなさい!」  いらだち混じりの声に、レイモンドが身体を強ばらせる。 「いいえ。いえ…、俺も…、射撃訓練を続けてください」  お願いしますと言うレイモンドの声に、せっぱ詰まった響きが感じられた。 「今日の射撃訓練は終わりです。基礎トレーニングを始めなさい」 「あの…、もう少し、射撃をみてもらえませんか? 俺は下手くそだから…」  言葉の終わりが小さく消える。 「……、基礎トレはどうするんですか」 「射撃訓練が終わったらやります」  どうして射撃訓練を続けたいなどと…、腕を維持することさえつらそうだったのに。  隣のブースにちらりと目をやるレイモンドをみて、マリオンは気がついた。  アレクセイに負けたくないと思っているのか。…この子はなんて負けず嫌いなんだ! これまで、レイモンドは自分から余分な訓練を望んだことはなかった。精一杯のメニューを組んでいたから、余裕などあるはずもないのだが…。  競える相手ができて、誰にも負けたくないと思ったら、レイモンドはどれほど強くなるだろう。どれほど成長するだろう。養成所に入ってからが楽しみだ。 「わかりました。おまえが言い出したのだから、手を抜いたり、途中でできないと言うことは認めません。射撃訓練を続けるなら、覚悟をしてブースに入りなさい」  厳しい宣言にごくりと喉を鳴らしたが、いつだって手を抜いたり、できないなどと言わせてもらえないのだ。同じ事だとレイモンドは思った。 「はいっ、お願いします」
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