第二章

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8 マリオンの思い  静かに扉が閉められるのを待って、マリオンはグレアムに噛み付いた。 「グレッグ、さっきもいったが、俺は真剣にレイモンドの教育係という仕事に取り組んでいる。いやいややってるわけじゃないぞ……」  なのに、文句の途中をグレアムに横取りされる。 「マリオン。俺はおまえがあんなヤツの教育係で満足しているなんて認めないからな! 確かにレイモンドはきれいな子だ。美女好みのおまえが入れ込んでも無理はない。だがな、鍛える意味があるのか? 養成所に入れると言うが、いつになる。おまえは艦隊に戻ってくるつもりがあるのかッ!」  マリオンはカッとなった。レイモンドのことを知りもしないで! 「見くびるなよ、グレアム! あいつは小さいし、幼く見えるが、能力はある。16歳の時の俺より確実に優れている。養成所の生徒たちの大半より、レイモンドの方が見所がある」  マリオンの勢いに唖然としたグレアムだが、言われっぱなしでいるほど殊勝な男ではない。 「あのきゃしゃな身体でか。たとえ能力があっても、襲われたらひとたまりもない。俺に詰られたくらいで唇を噛みしめるようなヤツが、養成所でやっていけるもんかッ! どうせ、幹部の息子かなんかを押しつけられたんだろう。戦闘員にはむかん。適当にごまかして放り出せ!」 「なあ、グレッグ。おまえ、ものすごい誤解をしてるぞ。レイモンドは幹部のおぼっちゃまでも何でもない。スラム出身のただのガキだ。幼い頃からスラムで生きてきたから、弱くなんかない。かわいい顔をして何も知らないように見えるが、喧嘩も盗みも、男も女も経験済みだ。戦闘能力も高い。ジムで戦闘員7〜8人相手に乱闘したことがあるが、トレーナーが駆けつけなければ、全員を戦闘不能にしていただろうぜ。ナイフの腕は俺が負けそうなくらいだ」 「……まさか。冗談だろっ!」 「冗談なもんか。それに、立派に自立してる。納得しないと、絶対に動かない。言うことも聞かない。頑固だし、負けず嫌いだ」 「そうは…、見えないな」  レイモンドを見た瞬間、グレアムは確かに存在感を感じたのだ。だがすぐに、かわいらしさに目がくらんだ。 「あいつは…、操縦士になると決めたんだ。だから、我慢してここにいる。俺に躾られ、鍛えられるのも納得の上だ。でなければ、命令になど従うものか。  プレスクールでさえ、扱いきれないと放り出された。俺がどれほど手こずったか、苦労を見せてやりたいよ」 「戦闘員を震え上がらせてたおまえの台詞とは思えないぜ」 「そうだろうよ。戦闘員よりよほど扱いにくい。それに、あいつの鋭い視線をまともに浴びてみろ、俺でもたじろぐ」 「信じられん」 「ここではおだやかな顔をしているからな。それに、今は…。どんな命令でも、どれほど厳しくても俺に従う。教育係だと認めてくれているようだ」 「ほお、どんな命令でも、か」 「ああ、絶対に操縦士になると決心したらしいからな。あいつの意志の強さには驚く。少しくらい厳しい命令でも、文句は言わない。立ってろって言ったらずっと立っている。走れって命じたら、やめていいと言うまで走る。そうするように躾たからな。逆らったり口答えすることは許していない。  艦隊では上官に敵艦に乗り込めと言われたら、どんな状況でも乗り込まねばならない。敵を撃てと言われれば撃たねばならない。おまえも部下の戦闘員たちに酷い命令を出しているだろう?」 「酷い命令ってのは、酷い言い方だが」  グレアムは少し考えてから、にやりと笑う。 「……それなら、裸になれと言えば、あいつは裸になるのか。銜えろと言えば、おまえのモノを…」  最後まで言わせずに、マリオンはバンッとテーブルを叩いた。顔に朱が散っている。マリオンがこれほど激昂するのは珍しい。 「グレアムッ! 殴られたいのかッ!」  グレアムはマリオンの本気を見て、たじろいだ。 「……すまん。戦闘員なら拒否する命令にもレイモンドが従うのかどうか、おまえが従わせるのかどうか気になっただけだ」  冷静な言葉に、マリオンが緊張を解く。 「ふう〜、そうだな。もし、俺が命じたならレイモンドは従うだろう。というか、命令には絶対に従わせる。だが…、俺はそんな命令は出さんぞ」  不届きものめと決めつけられて、グレアムが頭をかく。 「いや、あれだけの容貌だろう。一緒に暮らしていて、クラッときてもおかしくないって、確かに不届きなことを考えた。俺がヘンな気になるくらいだ、周りのヤツらに気をつけた方がいいぜ」 「あれは男だ。それに普段は笑顔など見せないし、人を寄せ付けない。  だが……、レイモンドにはみなに敬意を払えと教えているが、むりやり性的なことを強要されたら、ナイフを抜いても構わないと教えておこう」 「ああ、その方がいいぜ。俺もおまえの教え子でなけりゃ、ちょっかいを出しそうだ」  冗談だとはわかっているが、マリオンはあきれた顔をしてみせる。 「グレッグ、おまえなあ〜。そんなに女に不自由してるのか?」 「あ〜、俺。このところ忙しかったから、欲求不満かも。マリオン、今夜は遊びに行こうぜ」 「いや、今日は昼間、レイモンドのトレーニングを見てやれない。夜は見てやりたい…」 「真面目なヤツ。久々に親友が訪ねてきてやったんだ、付き合えよ」 「しかし、なあ」  渋るマリオンをグレアムが説得する。 「レイモンドもたまには教育係がいない方が、のびのびできるんじゃないか? おまえが仕事をさぼるのが気になるなら、俺が午後のトレーニングを見てやるよ。ご自慢の教え子がどのくらいの能力を持っているか試してやる。  だから夜は付き合え。養成所時代、休みになると一緒にバカやってたじゃないか。それとも、おまえは女に不自由してないってか」  言われてマリオンは、ここしばらく、女のことなど考えもしなかった自分に気がついた。確かに限界かもしれない。 「わかったよ。だが、俺はこの惑星、あんまり詳しくないぜ」 「いいさ、適当なバーへいきゃあいい。どこででも、おまえといるといい女が寄ってきたもんだ。しばらく見ないうちに、ますます男っぷりに磨きがかかってるから、今夜は期待できそうだ♥」 「あのな…、俺は女を釣るためのエサか?」 「いいじゃないか、深く考えるなよ」  酷い言い草に、マリオンはおもいきり脱力した。 「レイモンド。午後はわたしの代わりにキャプテン・スコットがトレーニングを見てくれるそうです。戦闘や身体防衛術にかけて、グレアムは敵なしですからしっかり教えてもらいなさい」 「はい、よろしくお願いします」  マリオンの言葉にうなずいて、レイモンドがグレアムに頭を下げる。 「ほお、きちんと躾ているじゃないか」  グレアムの茶々を無視して。 「レイモンド。わかっていると思いますが、グレアムはわたしの代わりです。彼の言うことはわたしの言うことだと思って、どんな命令にも従いなさい」 「はい」 「ただし、……むやみにおまえに触れたがったりしたら、抵抗していいですから」 「は、いっ?」 「いつもみなに敬意を払えと教えていますが、これだけは言っておきます。誰かにむりやり性的なことを強要されたら我慢する必要はありません。たとえ教官であっても、抵抗しなさい。ナイフを抜いても構いません」 「……?」  今頃なぜそんなことを言い出すのかと、不思議そうにマリオンを見上げるレイモンドに、マリオンはコホンと咳払いをして付け加える。 「いえ、おまえには不本意でしょうが。スコットにはおまえが、か弱い少女に見えたようなので、注意したまで。それじゃあ、グレアム。レイモンドをお願いします」 「おう、任しとけ。心配しなくても襲ったりしないぜ」  心配などしていませんという声に送られて、グレアムとレイモンドは部屋を後にした。
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