第一章

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1 幹部決定会議  薄暗い店内に流れるビートの利いた音楽。もうもうと立ちこめる紫煙。グラスがぶつかり合う音。下卑た冗談に笑い声をあげる客たち…。  どの惑星にもある歓楽街のバーである。それもお世辞にも品がいいとはいえないような。 「よお!」  秀麗な眉、切れ長の目、すっと通った鼻筋、美しい銀の髪、スラリと背の高い男がカウンターに陣取る男に声をかけた。引き締まった身体に、淡いベージュのパンツ、シンプルなジャケットというラフなスタイルがよく似合っていた。  声をかけられた男は、タバコをくわえたまま後ろを振り返る。精悍な顔つきで、短い黒髪をあっさりと後ろになでつけている。どこか危険なニオイを漂わせてはいるが、こちらもいい男である。その顔がくしゃっと笑みを浮かべると人なつこい顔になった。 「久しぶりだな、マリオン」 「ああ」 「下馬評ではおまえは確実だそうだ。俺は危ういが…、」 「珍しく弱気じゃないか、グレッグ。おまえらしくもない」  いたずらっぽい目つきでからかいの言葉を投げるマリオン・ゼクスターに、グレアム・スコットはため息をついた。 「養成所を出てからこの数年、どれだけおまえの噂を聞いたことか」 「そうか?」 「冷静沈着に仲間内の争いを収めたかと思うと、辺境の海賊相手に派手な戦闘。指揮官としてもだが、操縦士としてはコスモ・サンダーいちじゃないかってな…」  マリオンはすっと形のいい眉を上げる。 「グレッグ。おまえだって、戦闘隊を率いて大暴れしていた。勇猛果敢ってのはグレアム・スコット隊長のためにある言葉だと評判になってたぞ」 「おまえに言われたかないね、嫌みか」 「とんでもない! どっちが嫌みだ」  スレンダーなボディに鋭い暗灰色の瞳を持つマリオン。がっしりした体躯に意志の強そうな顎を持つグレアム。  2人は一瞬にらみ合った後、どちらからともなく豪快に笑いあった。養成所ではよきライバルであった2人である。お互い、自分の力も相手の力も知り尽くしている。相手に嫉妬することもないほど仲が良かった。  タイプこそ違っているが容貌に優れ、いかにも女が放っておきそうにない若者たちには、お世辞にも上品とは言えないこのバーよりも、高級ホテルのラウンジが似合いそうだ…。  しかしこう見えても、2人は宇宙一の海賊団コスモ・サンダーのメンバーなのだ。それも、艦隊の中枢を担う操縦士であり、戦闘隊長である。いずれもコスモ・サンダーの幹部候補を育てる養成所を出て4年、艦隊勤務にも馴染んで頭角を現していた。出撃の度に手柄を立て、これからのコスモ・サンダーを率いていくのは俺たちだと本人たちも自負していた。  そんな折りに、本部から呼び出しがかかった。新キャプテンが必要になったのである。幹部候補の中でもダントツの実績を上げてきた二人に声がかかるのは当然であった。 「なあ、呼び出しを受けたのは、俺たちを含めて7人らしいぜ。そのうちキャプテンの椅子はふたつ…」 「ほお〜、そうか」 「ちっ、冷静だなマリオン。まあ、おまえは間違いなくキャプテンだろうぜ」 「俺もそのつもりだ。で、もうひとつの椅子はおまえにやるよ。ふたつあってよかったな」 「…っ! イヤなヤツ」  そんな会話が交わされた翌日。  本部から呼び出しのかかった若者たちが一同に集められていた。  幹部たちが見守る中、新キャプテンが発表されたのである。  そんな馬鹿な! どうしてだッ!  グレアムとピットがキャプテンになって、どうして俺に声がかからない。  宇宙一の海賊団、コスモ・サンダーの幹部を決める席上での発表に、マリオンはくちびるを噛みしめた。  鋭い暗灰色の瞳が、今は怒りにきらめいている。  養成所にいたときも、艦隊勤務になってからもあの二人に負けたことはなかった。出撃のたびに手柄を立て、誰よりも実績を挙げてきたはずなのに。幹部連中からも一目置かれていたはずだ。  なのに、新キャプテンの座につけなかったのである。そのうえ、キャプテン補佐としてさえ名が挙がらない。 「……新しく任命する幹部は以上だ、解散!」  総督補佐の言葉がむなしく頭の上を通り過ぎた。  これまで、人に後れを取ったことなど一度もない。自分はこれからのコスモ・サンダーを率いていくために生まれてきた男だと思っていた。ゆくゆくは7つある艦隊の司令官の一人となり、コスモ・サンダーを動かしたい。キャプテンになるのはコスモ・サンダーでのし上がるための通過点でしかないと、自信満々でこの日を迎えた。  ところが現実は…、目の前で未来がガラガラと音を立てて崩れた気がした。  何よりも。誇り高いマリオンにとっては、他の幹部候補生たちの目が痛かった。  それならなぜ! 俺はこの場に呼び出されたのだ?  いやな思いをさせるためか。それとも俺の思い上がりを叩きつぶすためか…。  苦い失望を胸に会議室を後にしようとしたところを総督補佐に呼び止められる。 「マリオン・ゼクスター、総督がお呼びだ。ついてきなさい」  総督が?  艦隊のいち隊長でしかないマリオンにとって、総督は雲の上の人である。名指しで呼びつけられることなど思いもよらない。  キャプテンにも選ばれなかった男に何の用があるというのだ。マリオンは自虐的にくちもとを歪める。それとも、気づかぬうちに大きなミスをしでかしたのだろうか。  誰も口には出さないが、「あいつ、何をしくじったんだ」と思っているのは見え見えである。好奇の目にさらされながらも、マリオンは背筋を伸ばして総督補佐の後を追った。
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