第三章

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3 選抜試験  選抜試験までの3カ月はあっという間に過ぎた。  と言っても、レイモンドにとっては辛くて長い3カ月だったことだろう。マリオンは宣言通りに、レイモンドを鍛えに鍛えた。  はたで見ている者が感心するほどの容赦のなさ。重い体をベッドから引きずり起こして始まる一日は、決まったように、真夜中にベッドに倒れ込むようにして終わる。ただ、その繰り返し。夜、出かける体力など残っているはずもなかった。  マリオンは、レイモンドだけを見ていた。どちらかというと泣き顔や苦痛に歪んだ顔ばかりであったが…。町へ遊びに出ることもない、息を抜くこともない。昔を知るグレアムなど、女っ気のカケラもないマリオンなど信じられないだろう。  養成所の選抜試験を明日に控えた日である。  身体防衛術でレイモンドをさんざん泣かせていたマリオンが、ふと時計に目を止めた。 「レイモンド、今日はここまでにしておきましょう」 「えっ?」 「聞こえなかったのですか。今日のトレーニングを終了します」  不思議そうな顔をするレイモンドにマリオンが重ねて言う。 「もっと床に叩きつけられたいのですか?」 「いえ。ご指導、ありがとうございました」  あわてて礼を口にしたレイモンドに、マリオンが微笑みかける。 「はい。お疲れさまでした」 「あの…」 「何ですか?」 「まだ、夕方ですが…。夜のトレーニングは…?」 「明日から、養成所の選抜試験ですよ。おまえも疲れているでしょう。今日はゆっくり休んで、試験に備えなさい」  あれから、一日の休みも与えずに、毎日ボロボロになるまでしごき抜いたマリオンである。何度、ハワードに非難されても、その態度は変わらなかった。  つい先日も言われたばかりだった。やりすぎだ、せめて試験前の2〜3日はゆっくり休養させてやれと。  だが、結局、前日の夕方までマリオンは手を抜くことなくトレーニングを続けていたのである。試験の間際になると、教えてやりたいことが山のようにでてきて。あれも、これもと思っているうちに、前日ももう夕方になってしまった。  それを当然だと思っていたのはレイモンドだけ。いや、夕方で終わることですら不思議そうなレイモンドを見ると、自分はどう思われているんだろうとマリオンは考え込んでしまう。 「試験は明日からですね。10日間は長いですよ」 「はい」  わかっているというようにレイモンドがうなずく。 「1日目と2日目が筆記試験。3日目〜5日目までが基礎体力のチェック。瞬発力、持久力、運動能力、そして忍耐力が試されるでしょう。  試験官にダメだと思われたら、その場で帰されますからね。早々に戻ってこないでくださいよ」  チラリとレイモンドを見てマリオンが続ける。 「6日目が午前中に射撃、午後からが身体防衛術。これは、基礎ができているかどうかを見るだけです。7日目と8日目が1泊2日の山岳試験。敵に見つからないように目的地まで行く試験です。1泊2日ですから、寝るところを見つけないといけないですが…、あの山はおまえの庭のようなものですからラッキーですね。最後が宇宙船での航行。宇宙での適性を調べるものです…、まあ、わたしの荒っぽい操縦でもケロッとしていたおまえなら、大丈夫でしょう。10日目の午後にはすべて終了します。  1週間前くらい前からジムで受験者を見かけるでしょう。驚くほどたくさんの者が受験しますよ。ほとんどが16歳〜18歳の若者で、二度目、三度目の者もいます。体格が違いますから、基礎体力では負けるでしょうが、周りのことを気にせずに自信を持ってマイペースでやりなさい。弱気になったら落とされます。5日間を乗り切ったら、100人くらいに減っているはずです。最終、残れるのは30人くらい、狭き門ですね。  7日目から後は、なるようになると思うしかありません。わたしは、どんな状況になっても負けないように、おまえの心と身体を鍛えたつもりです。挫けそうになったら、この3カ月を思い出しなさい。きっと切り抜けられる。  レイモンド、結果はどうなっても構いませんが、教育係であるわたしが誇れる態度でいてください。決してあきらめないで。いいですね」 「はい、マリオン。ありがとうございました」  やることをやって、言うことを言ってしまうと、マリオンにはすることがなくなった。後は、レイモンドが無事に試験を乗り切るのを祈るのみである。  レイモンドが養成所に向かった次の日。  マリオンは朝からソファにぼおっと座っていた。どうも落ち着かない。レイモンドのことが気になって仕方がない。  レイモンドが養成所の選抜試験に落ちたらどうしよう。もう一年、こんな生活を続けられるだろうか。いや、無理に選抜試験を受けさせたりしないで、来年にすればよかったかなどと今頃になって思い悩む。いつもはきっぱりとしたマリオンらしくない、逡巡であった。  3日が過ぎ、4日目になると、部屋でじっとしていることができなくて、マリオンは養成所に足を向けたのである。  教官室へ行って挨拶をする。 「おやっ、ゼクスター教官。激励ですか」 「14歳じゃあ無理だろうと思っていたが、昨日の基礎トレ、頑張ってたよ」  試験官を勤める教官から声がかかる。 「レイモンドはまだ、放り出されていないようですね。ほっとしました」 「ははっ、珍しく弱気ですな」  雑談をしているところを、選抜試験の責任者である主任教官に呼び止められる。 「ゼクスター教官! ちょうどいいところへ。お手すきですか?」 「は、はい」  教育係を務めているレイモンドが試験の最中なのである。予定などあるはずがない…。 「よかった。それなら、手伝っていただけませんか。試験官が足りなくて」 「構いませんが。ただ…」 「ああ、あなたの教え子が受験していましたね。なかなか健闘していると教官たちの間でも評判です。大丈夫、彼の試験官にはしませんから」  主任教官は手元のファイルをチェックして尋ねる。 「今日の午後からお願いできますか」 「はい、わかりました」  それならこれを、と実技試験の内容とチェック項目を渡される。担当の受験生は200番代。レイモンドは127番だと言っていたから、確かに組が違う。 「養成所の生徒たちに、入所してもついてこられそうにない受験生をチェックさせていますが、その監督と総合判定をお願いします」  ということは、俺がダメだと判定を下せば、受験生はその場で不合格になるということだ。 「教官のチームの生徒は紫の腕章です。1チーム4名いますから」  主任教官はマリオンに紫の腕章と試験官を押しつけて、出ていった。 「ま、自室にいても仕方がないからな」  マリオンは詳細を打ち合わせておこうと、休憩中のチームメンバーを捜しに食堂へ足を向けた。  食堂は半分に区切られていて小さい方が在校生たちのスペース、広い方が受験生たちのスペースに割り当てられていた。受験生の数が多いのだから仕方がない。  午前中、たっぷり筋トレをやらされ、疲れ切った顔の受験生たちが昼食をとっている。食事さえ喉を通らないくらいにバテている受験生もいた。みんな、三々五々固まってしゃべりながら、あるいは黙々と食事をしている中、誰とも群れず、レイモンドがひとりで座っていた。そこだけ、別の空気が漂っている。  受験生にしては小さい身体。少女と見まがうばかりの並はずれた美貌。周囲の視線を気にすることもなく涼しげな様子のレイモンドは、午前中にきつい筋トレを終えたばかりにはとても見えなかった。 「あいつ、何者だ?」 「俺たちと同じ受験生だぜ」 「えーっ!」 「うそだろっ。あの顔でか?」 「顔は関係ないだろ。受験番号が近いからわかるけど、ちゃんと筋トレをこなしてたぜ」 「いままで残ってるんだからなあ」  受験生たちとは別の意味で、在校生たちもレイモンドに注目していた。  昨年、アレクセイが15歳で選抜試験に合格したときも話題になったが、レイモンドはさらに年下の14歳だということ。しかも、マリオンが教育係だということを、在校生たちは知っていたのだ。 「信じられん。ゼクスター教官が教育係だっていうから、どんなヤツかと思ってたら女か…」  ケインが馬鹿にしたように言う。 「れっきとした男です。試験の様子を見てないからそんなことが言えるんですよ。プリンスは必ず養成所に入りますよ」  アレクセイが言う。 「おまえが人を認めるとは珍しい。それに、プリンスってなんだ、あいつ、どこかの王子さまか?」 「いえ、違います。ただ、彼はどんなときにも威厳があって、僕はプリンスというのは彼のような存在だと思っていて…」 「俺にはプリンスってより、プリンセスに見えるぜ」 「違いない、俺もだ」
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