第三章

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4 試験官  そんな会話をしているところに、マリオンが現れた。  美しい銀の髪、スラリと高い背。袖と腿にななめにラインが入った養成所の教官用ジャージを身に付けているのに、マリオンが現れただけで食堂がざわめいた。 「ゼクスター教官」  レイモンドをけなしていたケインが真っ先に声をかけた。乱暴者で通っていたケインは、この1年の間にマリオンを崇拝するまでになっていたのだ。 「ケインに、アレクセイか」 「教官、今日はなにかご用ですか?」  丁寧にアレクセイが問いかける。 「ああ、午後から紫のチームと一緒に試験官として受験生を選抜するように頼まれたが、ちょうどキミたちは紫だな」 「はい」  アレクセイとマリオンの会話をよそに、ケインがからかうように言う。 「教官。試験官をダシに、かわいい教え子を激励にきたんですか。ほんと、見ほれますねえ」 「ん、レイモンドを知っているのか?」 「ほら、あそこ。彼がいる周りだけ、空気が違う」  言われてみてみると、レイモンドがポツンと座っていた。  あいつは昼飯を一緒に食べるやつもいないのかと、マリオンは心の中でため息を吐いた。すると、マリオンの心中を察したかのようにアレクセイが説明する。 「誰も近づけないんですよ。声をかけたくても彼の持つ雰囲気が近寄るのを拒否している。ひとりでいることをいやだと思っていないし、誰かと群れたいとも思っていない」  適切な分析であった。 「キミたち、ちょっと待っていてくれ」  そう言い置いて、マリオンはレイモンドに近寄っていった。試験官や試験補助をする生徒たちと接触できないように、スペースが区切られているのもお構いなしに。  たった3日しか離れていないのに、顔を見るとうれしいなんて、なんてざまだ。普段と変わらぬ表情からは、マリオンのそんな心中は、誰にもわからなかったが…。   「めちゃくちゃカッコイイぜ。あの人も教官か」 「第5艦隊のマリオン・ゼクスター隊長じゃないか!」 「ほんとに? どうしてこんなところに?」 「いま、艦隊を離れて特別任務についておられるって聞いた…」 「養成所の教官をしておられるんだって。担当は操縦。僕も指導してもらえるだろうか」  うっとりした風に言う受験生を周りがからかう。 「おまえが選抜試験に合格したらな」  ざわめきに目を上げたレイモンドは、歩み寄ってくるマリオンに気がついてガタッと椅子から立ち上がった。 「レイモンド」  マリオンがくったくなく声をかける。  養成所に来てからずっとポーカーフェイスを保っていたレイモンドであったが、聞き慣れた声に凍りついていた美貌がふっとほころんだ。  マリオンの穏やかに笑んだ目を見て、はにかんだような笑みを浮かべたのだ。  カッコイイ大人の男とまだ幼さの抜けない美少女、ではなく美少年が微笑みあう図に、在校生もわけを知らない受験生たちも目を惹きつけられた。 「……マリオン、どうしてここに?」 「わたしも養成所の教官ですからね、選抜試験の手伝いにかり出されました。食堂に寄ったらおまえが見えたので…。どうですか、試験は」 「筆記は難しかったし、筋トレはキツかったです。ついていくのが精一杯…」  自分が一番でないと納得がいかないらしいレイモンドが不満そうに言う。 「そうですか、みな年上ですからね。仕方ありません。ところで…、今日の午後はおまえの嫌いな障害物コースですか」 「はい…。ああっ、もしかして試験官なんですか?」  マリオンが試験官だったら合格できる自信がない。いっそう厳しい点を付けられそうだとレイモンドは思った。 「おまえを担当することはありません。依怙贔屓されると困るでしょうし、わたしもおまえに不合格を言い渡すのはいやですからね」  レイモンドはあからさまにほっとした様子だった。 「そんなにほっとすることはないでしょう? 担当するのは別の受験生ですが、おまえのこともちゃんと見ていますよ。頑張りなさい」  やさしく励ましてもらったのは初めてで、レイモンドはそれだけで頬を染める。 「はい、ありがとうございます」  食堂の端の方から、ゼクスター教官! と大きな声が呼ぶ。 「ああ、わかった! そろそろ、行かないと。おまえも遅刻しないように行きなさい。遅刻したらその場で不合格にされますよ」 「はい」  じゃあ、と歩き出したマリオンの後ろ姿をレイモンドが目を潤ませて見送っていた。その様子を振り返ってケインが言う。 「ゼクスター教官。あいつ頬を染めちゃって…、かわいいですね。俺、恋人に立候補しようかな。可愛がってやるし、養成所に入ってきたらほかのヤツらから守ってやります。どうですか?」  マリオンは片眉を器用にあげながら、忠告する。 「その台詞、本人に言ってみろ。床に沈められるぞ」 「まさかっ」 「いや、性的なことを強要されたら教官にでも、上官にでも逆らって構わないと教えてある。先輩を叩きのめすのに遠慮などしないだろう」  マリオンのきっぱりした言葉にケインが反論する。 「教官。俺、養成所でも腕が立つ方なんですけど。かかってこられてもねじ伏せるくらいの力はあります」 「あのなあ」  ケインが真剣なのを見て、マリオンはおかしくなった。  レイモンドにはこれっぽっちも女っぽいところはない。友達なら必要だろうが、恋人として守ってくれる男など必要ないだろう。精神的にも強いし、敵に立ち向かうだけの力はあるのだ。ただ、そうは見えないだけである。 「レイモンドは喧嘩が強いぞ。これをしちゃいけないなんて思わないから、セオリーなしの攻撃を仕掛けてくる。ナイフを抜かれたらわたしでも太刀打ちできるかどうか…」 「ええっ、冗談でしょう?」  いやと首を横に振るが、ケインは納得しきれない顔で訊く。 「それなら…。教官はあいつが養成所に合格して、やっていけると?」  思っているから受けさせたのだ。 「当然だ。普通にやれば合格は間違いないし、ここでも十分にやっていける。鍛えたのは誰だと思っているんだ? 小さいからねじ伏せやすそうに見えるが、簡単にはいいなりにならない。逆に、ねじ伏せられてしまうぞ。わたしの隊にほしい男だよ」  大きく化ける可能性はここにいる誰よりもある。この俺よりもと思って、マリオンはハッとした。いつも自分が一番だと思っていたのだ。自分の才能を信じていたのだ。それが…。どれほどレイモンドのことを買っているか、自分自身、わかっていなかったようだ。  わたしの隊にほしいの一言に、ケインが目を見開いた。マリオンの隊に入りたい、一緒に働きたいと思う戦闘員は掃いて捨てるほどいると聞く。自分もいつか、尊敬する人の元で働いてみたいと思う。  その憧れの男があの少女のような子の力を認めているのだ。マリオン・ゼクスター隊長は部下に求めるレベルが高いと聞いているのに。一も二もなくほしがるなど…。 「へえ〜。教官のお墨付きですか。それなら余計に、あいつが養成所に入ってくるのが楽しみですね」  にやりと笑ったケインだったが、レイモンドの凄さを実感させられるのはそう遠い未来のことではなかった。いちばんの親友になる日も…。
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