第三章

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5 選抜試験が終わって  性急なノックの後、バタンと扉が開いた。 「マリオン! ただいま戻りました」  レイモンドが大きな声で告げる。 「マリオン、マリオンッ?」 「大声で叫ばなくても聞こえています」  私室からリビングに出てきたマリオンにたしなめられてしゅんとしたレイモンドだが、 「お帰りなさい。その様子だと、試験はうまくいったんですね」  と聞かれて、レイモンドは「はいっ」と元気な返事を返した。 「射撃も身体防衛術も臆さずにできました。山岳での潜伏や宇宙船での適正試験ではマリオンに叱られないようにって、それだけを考えてました…。ミスはなかったと思います」  うれしそうに報告するレイモンドをマリオンは頼もしげに見上げる。  ミスどころか、最後の二つの課題でレイモンドは養成所の教官たちに大きなインパクトを与えたのだ。山中での1泊2日では最後まで隠れ通し、目的地にたどり着くことができた数少ない受験生であった。レイモンドは山岳での潜伏は得意だろうと踏んでいたからマリオンは当然だと思っていた。が…。宇宙船での試験には、さすがに驚かされた。  受験生10人を一組として、試験官や養成所の生徒と一緒に宇宙船に乗り組んでの演習であった。宇宙船で上官の指示に従い、きちんと決められた仕事ができるかをチェックする。  というのは表向きである。  突発事故を起こし、受験生がどう対応するかを観察する、いわばシークレット試験だったのである。レイモンドたちが乗った宇宙船は敵海賊船と遭遇する。しかも、試験官である教官が養成所の生徒たちの不手際で私室に閉じこめられて指示の出せない状態に陥るという設定であった。  シークレット試験の内容を知っている乗組員は試験官である教官たちのみ。  全員敵に捕まってもおかしくない状況を作り上げたのだ。パニックに陥る幹部などいらないから。ところが、右往左往する受験生、在校生を後目にレイモンドは落ち着き払って対処したのである。同乗していたアレクセイに操縦を任せると、乗り込んできた海賊たちを迎え撃つべく、受験生・在校生をまとめあげ、戦闘を指揮したそうだ。冷静で落ち着いた判断に、適切な命令に誰もが異議を唱えることもなく従った。  閉じこめられているはずの試験官が出てきた時には、すでに乗り込んできた敵は取り押さえられていたという。 「彼は僕らに適切な指示を与えておいて、先頭に立って闘っていました。教官は闘い方だけでなく、指揮の仕方まで指導されていたのですか」  試験終了後にアレクセイに言われたとき、まさかと思った。そして、その後で、レイモンドにはそんなこともできるのだろうかと考えた。鮮やかな手並みを俺も見たかった。 「宇宙船では活躍したそうですね」  レイモンドは恥ずかしそうに、いいえと否定する。 「ほんとうは命令に従わなくちゃならない立場だったのに。誰も命令してくれないから、養成所の生徒に指示を出してしまいました。本物の敵だと思ったから、こんなところでやられるわけにはいかないと…」  マリオンの元へ戻れなくなると思ったのだ。 「誰か上の者が指示していたら、おまえは素直に敵に捕まっていたのですか?」 「……、わかりません。どうしても捕まりたくなかったら…、俺はどうするだろう」  自分の判断で勝手に動くだろうとマリオンは思う。それは、きっと生き延びるために最適な判断なのだろうが…。コスモ・サンダーの艦隊にいるなら、下された命令に「従う」のが当然だ。レイモンドはやはり一匹狼、艦隊でやっていけないだろうか。 「あっ、でも! マリオンが下した命令だったら従います」 「えっ?」 「誓って、マリオンの言うことなら聞きます。どんな酷い命令でも」 「……わたしが酷い命令を出すとでも?」  聞き返すとレイモンドがあわてて否定する。 「いえっ、そういう意味ではありません」  信頼できる者の命令は聞けるというなら、見込みはある。 「ま、いいでしょう。それで、合格できる自信は?」 「わかりません」 「発表が楽しみですね」  レイモンドが首をすくめたのを見て、マリオンは合格が確定していることを教えてやりたくなった。選抜試験を受けさせると言った時から、マリオンは多くの教官にあせりすぎだと諫められた。それだけの力はあると言っても聞き入れてはもらえなかった。選抜試験が始まってからも、筆記試験や射撃をみて難癖を付ける教官たちがいたのである。  だが。  さすがに宇宙でのひと幕を見てからは、誰も文句を言わなくなった。将来、どんな指揮官になるか楽しみだという教官まで現れて、片腹痛かったのである。 「試験も終わったことですから、今日はゆっくり休みなさい」  マリオンがねぎらいの声をかける。ところが、どうしたことか、レイモンドは悲しそうに顔を曇らせる。選抜試験が終わったら、マリオンは俺の教育係ではなくなるのだろうかとレイモンドは考えていた。 「着替えてきますから、トレーニングを見てもらえませんか?」 「疲れているのではないですか?」  レイモンドは首を振る。10日間の試験よりこれまでの訓練の方がずっと厳しかった。試験中は苦しかったが部屋に這って帰るほどではなかったし、夜にはぐっすり眠れた。叱られることもないし、罰を与えられることもないから心身共に元気だと思っていた。 「いいえ。いろんな面で、まだまだほかのヤツに劣っているってわかったから」  優等生の応えである。不思議に思っていると 「あの…、迷惑ですか?」  もう俺の指導などしたくないの? そんなレイモンドの心の声が聞こえた気がした。 「わかりました。いい心がけですね。それなら、おまえが苦手な射撃でもやりますか」 「はいっ!」 「試験が終わったからと言って、指導に手を抜いたりしませんよ。やめさせてくれと泣いても聞きませんから」 「わかっています」 「じゃあ、15分後に射撃ルームで」 「はい、よろしくお願いします」  着替えに行ったレイモンドを見てマリオンはにっこりと微笑んだ。  なんてかわいいことを言うのだ。俺はレイモンドを養成所に置いていくことができるだろうか。マリオンは自信がないと思った。  レイモンドは養成所に入ったら、すぐに新しい生活に慣れるだろう。だけど、俺は艦隊に戻ったからといってレイモンドと暮らした1年をすぐに忘れることなどできそうにない。  どうやら離れたくないと思う気持ちは、自分の方が強そうであった。
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