第三章

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6 トレーニング 「試験が終わったばっかりなのに、もうトレーニングか。厳しい教育係を持つと大変だな」  射撃ルームに現れたレイモンドにハワードが声をかけた。 「あっ、ハワードジム長。こんにちは。……マリオンに指示されたんじゃなくて、俺がトレーニングを見て欲しいと頼んだんです。なんかここにこないと落ち着かなくて」 「ん、いやに熱心じゃないか」 「はい。久しぶりだし、いつまでマリオンに指導してもらえるか、わからないから。いまのうちに、いろんなことを教えてもらいたいんです」  レイモンドのうれしそうな顔。きっとすぐに苦しそうな表情に変わるだろうが…。  マリオンに指導してもらうのが、そんなにうれしいのか。マリオンを慕う気持ちがありありとわかって、ハワードは何も言えなかった。 「レイモンド、始めますよ」  ハワードに軽く会釈をしてマリオンが声をかける。 「はいっ!」 「ウォーミングアップは済んでいるのですか?」 「いえ、まだです」 「それなら、ジム長と無駄話などしていないで、走ってきなさい」 「はい」 「グラウンド10周とストレッチ」  相変わらず冷徹なマリオンの指示だ。 「なつかれているなあ、マリオン。おまえのメニューは、ここまでやるかってほどキツいのに」 「ハワードジム長! 酷いですね。わたしなりに考えたメニューですよ」 「そうか? あんなメニュー、レイモンド以外こなせないぞ。というより、誰もこなそうと思わないだろうな」 「そうですね〜。わたしもやる前に見せられたら、挫折しそうです」 「おまえなあ!」 「レイモンドには黙っていてください」 「今日はこれくらいにしておきましょう」  午後からの射撃訓練と相変わらずキツい夜の基礎トレを何とか終えたレイモンドに、マリオンが声をかけた。 「はい、ご指導、ありがとうございました」  弾む息を整えながらレイモンドが問いかける。 「マリオン、これから少しだけ、外出してもいいですか?」 「おやっ? おまえにそれだけの体力が残っているとは知りませんでした」  冷たい声で言うマリオンにレイモンドがギクッと固まった。  今の質問がものすごいリスクを伴うのを忘れていたのだ。が、黙って抜け出したのがバレたら、それこそ大変なことになるのをレイモンドは身をもって知っている。 「一応、聞きますが。どこへ行くつもりですか」 「あ、あの。ちょっと山の方へ星でも見にいこうかと…」 「ほう……、それならちょうどいい。山岳フルコースランニング、そうですね制限時間60分にしますか」  マリオンは思い切り厳しいトレーニングを言い渡した。制限時間60分はレイモンドのベストタイムに近い。  レイモンドはしまったという顔をしたが、一度口にしたら何が何でもやらせるマリオンの性格を知り尽くしているだけに、いや、それよりも。絶対に逆らわないと誓ったから。「はい」と返事をした。ランニングシューズに履き替えようとするレイモンドをマリオンがあきれ顔で呼び止めた。 「待ちなさい、本当に行く気ですか? 今日のトレーニングは終了だと言ったでしょう、今のは冗談です。  わたしはおまえを虐めているわけではありませんよ。おまえの状態を見て、できるかできないかを判断しています。これから山岳フルコースなど無理に決まっている。  今日のおまえは、勘は鋭いけれど、身体のキレがない。選抜試験の疲れが残っているのだと思います。そんな日に無理をすると怪我をするか、身体を壊すことになる。真夜中に山岳コースの途中で倒れられたら、わたしが困ります。……同じ理由で、今夜は星を見にいくのも禁止します」 「……は、はい」  レイモンドはサリーに会いたいのだとマリオンは気づいていた。 「そんなにがっかりした顔をしなくてもいい。星を見にいくのを口実に、誰に会いたかったのか知りませんが、明日になさい。わたしは明日の午前中、用事があります。家庭教師の先生もお願いしていないから、おまえはフリーです。その時間に行きなさい。ただし、早朝トレーニングはいつも通りやりますから」 「はいっ!」
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