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2 総督から託された任務
「総督、マリオン・ゼクスターを連れて参りました」
「入れ!」
総督補佐によって扉が開かれた。総督補佐はスッと脇によるとマリオンに執務室へ入るようにと促す。
「失礼します」
どっしりしたマホガニーの机の前で立ち止まり、習ったとおりに片膝を折り、畏まった。
「話がある。立ってくれ」
言われて、はいと立ち上がり直立不動の姿勢をとる。真正面に総督の厳めしい顔。背はそう高くないががっしりした体躯である。短い黒髪にちらほらと混じる白髪、ひげを蓄えた総督が、鋭い目でじっくりとマリオンを睨め回した。
「どうして呼ばれたか、わかるか?」
それが、第一声であった。威圧感のある低い声である。
「わかりません」
まっすぐに総督の視線を受け止めてマリオンが応える。
しばしのにらみ合いの後、総督がほんのわずか表情を緩めた。
「そうか…。わしに言いたいことはないか?」
訊きたいことなら、ある。なぜ、自分がキャプテンに選ばれなかったのか。グレアムやピットに比べて、どこが劣っていたのか。
しかし…、マリオンは躊躇した。海賊は上下関係の厳しい世界である。上の者の決定に下っ端が意見を挟めるはずがない。
「いいえ。ありません」
そう応えたマリオンを総督は再び鋭い目つきで睨んだ。
「ふ、おまえは嘘つきだな。わしが恐いのか? 実績を挙げてきたのに、なぜキャプテンにしないのだと詰め寄られるかと思っていたぞ」
どう応えればいいのだ。俺は試されているのか?
マリオンは素早く胸のうちで計算する。
「わたしがキャプテンに選ばれなかったのは、何かお考えがあってのことだと思います」
「ふむ……、普通ならキャプテンになったはずだと?」
マリオンは心中ビクビクしながらも、当然だというように胸を張ってみせた。
「はい。わたしは、今日、キャプテンやキャプテン補佐に任命されたものに負けているとは思いません」
「ほう、すごい自信だな」
「事実を述べたまでです」
まっすぐな視線を向けるマリオンを見て、総督は手に持っていた報告書をバサリと机に投げ出した。どうやら、経歴書のようである。
「幹部たちがこぞって推薦したわけだ……、腕があり頭が切れる、しかも度胸もあると。単刀直入に言おう、おまえには別の任務についてもらいたいと思って、キャプテンにはしなかった」
総督から直接受ける特別任務? そうか、そうだったのか。マリオンは期待を込めて総督を見つめた。
「はい!」
ところが。
「プレスクールで手に負えない子がいてな」
「はっ? どういういこと、ですか…」
それが任務とどう関係があるのだろうかと首を捻ったところへ、
「おまえに、そいつの面倒を見てもらいたいと思っている。その子の、教育係を命ずる」
一瞬にして奈落の底に突き落とされることとなった。
なぜ、俺がプレスクールに通う子どもの面倒を見なくてはならないのだ。
「えっ?」
「その子をきちんと教育して養成所に送り込むこと、それがおまえの当面の任務だ」
「わたしに艦隊を離れろと………」
特別任務どころか、本部勤務ですらない。ショックで言葉が続かない。眉をひそめて口ごもるマリオンに、総督が言葉を足す。
「大切な子どもなのだ。才能もあるだろう。プレスクールに馴染まないといって切り捨てることはできない。かといって、わしが自分で育てているヒマがない」
暗に自分の代わりをしてくれと頼まれたのだが、大切な任務だと言われたのだが、マリオンにはその思いが届かない。
マリオンは艦隊を離れたくなかった。
まさかとぼんやりしていたのだろう、つい正直な言葉が口をついてしまう。
「わたしは…、操縦士としては自信があります。キャプテンとして部下を率いることも、できると思います。しかし、子育てなど…」
「聞いていなかったのか、これは任務だ! おまえはわしの命令に否と言うのか!」
叱責された。
ふざけるなと言いたかったが、
「いえ…、総督の命令に、従います…」
反射的に返事を口にしていた。
すると。しかつめらしい顔がパッと綻んだ。初めて見る総督の笑顔?
「よろしく、頼む」
頭を下げられてしまった。どうすればいいのだ。
「承知、いたしました」
どれほど納得いかなくても、そう言うしかないではないか。
仲間たちに取り残され、艦隊の中枢から外れてしまった…、そんなマリオンの心中を察しもせずに、総督が続ける。
「最初は手こずるかもしれんが、慣れてきたら養成所の教官を兼任すればいい。教育係だけだと退屈するかもしれん…」
「……はい」
「子どもの名はレイモンド、13歳だ。詳しいことはプレスクールで聞いてくれ。かなりの問題児だそうだ」
総督が笑いを含みながら。
「………あの、聞いていいですか」
「なんだ?」
「その…、13歳なら…、その子に両親はいないのですか」
「スラムから連れてきた、親はいない」
「スラム、から…?」
スラムからさらってきたというのに、どこが大切な子どもなのだ?
それに。全宇宙にその名を知られる海賊団、コスモ・サンダーである。昔ならいざ知らず、スラムから子どもをさらってこなくても…。幹部の息子たちは養成所をめざしているし、どの惑星のどの街にもコスモ・サンダーに入りたいという若者は掃いて捨てるほどいる。
マリオンの心の声が聞こえたのだろうか。
「よけいな詮索をするな! おまえの仕事は、レイモンドを養成所に送り込み、最終的にはコスモ・サンダーの艦隊でやっていけるようにすることだ」
「……はい」
「スラムにいたせいで、言葉遣いや態度はメチャクチャだ。教官面は通じない、納得しないと動かない、ものすごく頑固だと聞いている。やりがいがあるだろう?」
にやりと笑われて、返す言葉がない。
「……」
「やり方はおまえに一任する。どんな指導をしても構わない、コスモ・サンダーの規律と厳しさを叩き込んでくれ。ただ…、ひとつ忠告をしておく。間違っても手を出すな」
な、なんてことを! 手を出すな、だと! 俺は13歳の子どもをもて遊ぶ趣味はない、それも男の子だぞ、と言いたかったが相手は総督である。
しかも、どうやら真剣なようだ。
下がっていいと鷹揚に手を振る総督に頭を下げながら、マリオンはくちびるを噛みしめて悔しさをこらえていた。
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