第一章

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3 プレスクールにて  総督の執務室を出ると、プレスクールの校長がマリオンを待ちかまえていた。  そして、手を取るようにして宇宙船に乗せられ、本部と隣り合った惑星にあるプレスクールまで連れてこられたのである。 「急がせて済まなかった。ゼクスター隊長、艦隊での噂は聞いているよ。レイモンドを預かってくれるそうだね」  校長に隊長と呼びかけられて、マリオンは言葉に詰まった。もう、自分は隊長でもなんでもない。ただの教育係である。教育係という身分があるのならば。  念を押すようにレイモンドのことを告げられる。  自分はつい今し方聞いたところなのに、総督と校長の間では話は決まっていたのである。 「はい。総督にレイモンドの教育係を命じられました」 「引き受けてもらえて、ありがたい…」  温厚そうな校長の安堵の様子に、マリオンは心の中でため息を吐く。引き受けたのではなく、押しつけられたのだ。  総督の命令に否と言えるわけがない、断る余地がなかっただけだ。  レイモンドというのは、それほどの問題児なのか。 「プレスクールで預かってから4カ月、気の休まるヒマがなかった。身体能力は高いが、協調性というものがない。集団行動ができず、仲間を仲間とも思わない。教官すら見下し、反抗的な態度を取る。  しかも、この短い期間に三度も脱走してくれた! 多くの生徒を預かるうちでは、とても面倒を見きれない。キミのような男でないと…」  俺はどんな男だと思われているんだ! 確かに、艦隊では隊長として荒くれ者たちをビシビシ鍛えてきた。きちんと行動できるように、命令に背くものには容赦なく罰を与えもした。  しかし、戦闘員や乗組員は上官の命令に従うものだと知っているし、トレーニングするのも自分のためだとわかっている。  子どもを育てるのとは、わけが違う。しかも、極めつめの問題児を。 「脱走…、ですか」 「なかなか、頭が切れる。一度など、3日も見つけられなくて、総督に報告しなればならなかった」  それで、総督はプレスクールに任せておけないと考えたのか。そのやっかいな子どもを誰かに押しつけたいと…。  そのせいで、俺は艦隊から外されてしまった…。  マリオンは泣きたかった。その子さえいなければ、いや、プレスクールで普通にやってくれさえすれば…、今頃、間違いなく俺はキャプテンになっていたはずなのに。  理不尽だった。たまらなく理不尽だと思った。  校長室にノックの音が響く。 「入りなさい」  校長の声に続いて、教官に引きずられるようにして少年が入ってきた。後ろ手に縛られている?ようだ。  プレスクールのジャージに包まれた細く、育ちきっていない身体、顔にかかる金髪が中性的な雰囲気を漂わせている。  挨拶をしろと無理にあげさせられた顔を何気なく見たマリオンは、拗ねきった態度と可愛らしい顔のギャップに言葉をなくす。  くりんとしたエメラルド・グリーンの瞳、高いほお骨、すべっとした肌、きれいに通った鼻筋、紅くてふっくらした小さなくちびる。その人形のような顔を蜂蜜色の髪が縁取っている。少女と言われても信じただろう。  なのに。造作のひとつひとつは愛らしいのに、冷たい視線が醸し出す雰囲気が可愛いらしいという言葉を拒絶していた。 「その子がレイモンド、ですか?」  不思議そうなマリオンの言葉を見くびられたと聞いたのか、少年が眉をつり上げた。エメラルド・グリーンの瞳にグレーの縞が浮いて、それはそれはきつい視線が突き付けられた。口には冷笑が浮かんでいる。凍りそうな表情に、性格が透けて見えるようだ。  それでも。幼さが抜けたら、美貌の若者になるだろうとマリオンは思った。 「外見に騙されると痛い目を見る。その辺は覚悟しておいた方がいい」  マリオンの思いを読んだような校長の忠告が耳をかすめる。 「レイモンド、今日からおまえの教育係になられたマリオン・ゼクスターくんだ。艦隊でも名隊長として知られている。よく言うことを聞くんだぞ」  校長に続いて、 「彼はわれわれのように甘くないからな。ほら! きちんと挨拶をしなさい」  レイモンドを連れてきた教官が脅すような口調で言う。 「知るか! 俺は勝手にやり取りされるモノじゃない」  唸るような台詞に教官はパコンと頭をはたき、レイモンドにむりやり頭を下げさせた。むぎゅっと頭を押さえつけられた少年は、悔しそうに教官を睨み付けている。当然のように、挨拶の言葉はない。  マリオンはその悔しそうな顔に初めて少年らしさを見た気がした。先が思い遣られるけれども…。 「校長。なぜ、手を縛り付けているのですか」 「ここへ連れてくるのに手こずりました。暴れたり、逃げ出されてはかないませんから…」  代わりに教官が応える。 「そうですか。……レイモンド、おまえは縛り付けられていなかったら、暴れたり、逃げ出したりするつもりなのか?」  レイモンドは挑むようにエメラルド・グリーンの瞳をぎらつかせた。 「暴れるつもりはない。でも、チャンスがあれば逃げる」  甘い声がかすれている。声変わりの途中なのだろうか。レイモンドの応えに、マリオンはその日始めて、心からの笑みを浮かべた。 「ふっ、正直だな。……教官、縄をといてください」 「……しかし、今、チャンスがあれば逃げると…」 「今からわたしがその子の教育係です。責任は取ります。それに、逃げ出したければ逃げ出せばいいんです。俺は追いかけも、探しもしない。いやならどこへでも行けばいい」  レイモンドに向けて宣言した。総督に罰を食らうことになるだろうが、そうすればやりたくもない子育てをしなくて済む。それが正直な気持ちでもあった。  レイモンドが目を丸くする。教官が圧倒されたように、さすがに名隊長だとかなんとかつぶやきながら、縛めを解く。  擦れて赤くなった手首をさすっているレイモンドは、今すぐ脱走するようには見えなかった。ちらりと確認してから、マリオンは事務的な口調で校長に話しかけた。 「校長。あと数日、レイモンドを預かってください。受け入れる準備を整えて迎えに来ます。それから、縛り付けるのはやめてください。わたしと来るのがいやで逃げ出すならそれもいい。先ほども言いましたが、責任はわたしが取りますから」  念を押すマリオンを食い入るように見つめていたレイモンドが、ポツリと訊く。 「おまえと、前にどこかで会ったことがあるか?」  悪気はないのだろうが、自分の教育係に向かって「おまえ」と呼びかけるとは…、本来なら叱らなければならないのだろうが。  マリオンにはまだ、レイモンドの教育係という自覚はなかった。自分の意向など少しも顧みられずに話が進んだのである。今のマリオンの胸にあるのは、なぜ自分がこんなソンな役回りになったのだという思いだけである。 「いや、会うのは初めてだ」  目を細めて遠い記憶をたどる少年にマリオンがそっけなく応えると 「おまえが、俺の、教育係?」  レイモンドが確認するように訊いた。 「そのようだ」 「ここではなく、どこか他へいくのか」 「コスモ・サンダーの本部惑星に行く。そこに部屋を用意すると言われている。養成所やジムがある」  マリオンは応えながらも、勝手に上官に話しかけるな。聞かれるまでは黙っていろと教えないといけないなとか。そんな基本的なことすらプレスクールで習わなかったのだろうかとか、どうでもいいことを考えていた。 「それなら、今、おまえと一緒に行く」 「準備があると言っているだろう…、ああ?」  言いかけたが、レイモンドがすがるような目をしているのに気が付いた。プレスクールがいやなのか。それとも、俺と一緒に外へ出て、逃げようと画策しているのか。  ……まあ、いいか。もう一度、ここへ戻ってくるのも面倒だ。 「わかった。校長、教官。レイモンドを連れて行きます。荷物をまとめさせてください」  やっかい払いができると踏んだのか、うれしそうな口調で校長が教官に声をかけた。 「きみ、レイモンドに荷物を用意させなさい。ゼクスターくんをあまり待たせないようにな」
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