第一章

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4 新しい毎日は…  マリオンは新しく用意された部屋に落ち着いた。不本意ながらレイモンドと一緒に、である。  書斎付きの自室兼ベッドルーム、レイモンドの部屋、そして広めのLDKが付いた2LDKであった。作りつけの家具以外に何も入っていないからそう感じるのかもしれないが、艦隊の狭い私室に慣れたマリオンには驚くほどの広さだった。優遇されているのかもしれないが、マリオンには、艦隊の私室の方が何倍も価値がある。  ソファに座り込んで考えにふけっていると、荷物を片づけ終えて自室から出てきたレイモンドが問う。 「俺はどうすればいいんだ?」  こっちが聞きたい。  教育係など初めてなのだ。何から手を付ければいいのだ。  俺の役目はレイモンドを養成所に送り込み、最終的にはコスモ・サンダーの艦隊でやっていけるようにすることだと言われた。養成所に入れるには、運動能力や基礎体力はもちろんだが、ある程度の学力がいる。  それに、言葉遣いから上官への態度…、コスモ・サンダーのような組織で生きていくための礼儀が必要だ。もしかしたら、生活習慣でさえ身に付いていないかもしれないのに。  マリオンは頭を抱えた。 「俺は好きこのんでおまえの教育係になったわけじゃない。おまえに何をどう指導すればいいのかわからない。それに…、子育てなどしたこともないし、やりたいとも思っていない」  そう言って、目の前に立つレイモンドを見下ろした。 「おまえもコスモ・サンダーにいる気などないのだろう? チャンスだぞ、誰にも見つからないように出て行けばいい。俺は目をつぶっている」  そうすれば、俺は艦隊に戻れるとマリオンは心の中で付け足す。  レイモンドはいやそうな顔でマリオンに訊いた。 「俺が邪魔なのか?」  マリオンはうなずいた。レイモンドはぷいっと横を向いたかと思うと、なぜか「しばらくは、ここにいる」と宣言した。  こいつ! もしかして、あまのじゃくか? 「……そうか、残念だ」  レイモンドは傷ついた目をしていたのだが、マリオンは少しも気づかなかった。 「とりあえず…、そうだな、メニューを作るから軽く身体を動かしてこい」  サラサラと作り上げられたメニューに目を落としながらレイモンドが、 「どこで?」と問う。  レイモンドはスポーツジムの場所さえ知らないのだ。仕方がない。ため息が出かかるのを押さえて。 「しばらく待っていろ。着替えてくる」  見知っている戦闘員たちが挨拶をするのに軽く応えながら、ジムへと急ぐ。レイモンドに施設の使い方を教えていると、無言の視線が突き刺さるようだ。  その子は一体、誰なのだ。  おまえは何をしているのだと。 「ボケッと突っ立ってないで、さっさと走ってこい! 準備運動代わりに5周だ」  俺だって、こんな場所で、小さい子どもと一緒にいたくはない! と思うとつい、口調がきつくなった。レイモンドは怒鳴り声に一瞬びくっとしてからグラウンドへと向かった。  その日はつきっきりで一通りのトレーニングを済ませた。  レイモンドはその指示に素直に従ったのだった。  マリオンはそれを不思議とも何とも思わなかったが、もしプレスクールの教官が見たら驚いたはずだ。これまでは何を命じても簡単には動こうとはしなかったのだから。  しかし。翌日からは、レイモンドに手こずらされるばかりであった。 「いつまで寝てるんだ。朝だぞ」  マリオンが部屋のドアを開くと、レイモンドは服を着替えもせず、ふとんもかけずにベッドカバーの上で丸まっていた。動物のようなヤツだと思いながら、レイモンドを乱暴に揺さぶる。 「おいっ、起きろ!」  パッと身体を起こしたのはいいが、寝ぼけているのかマリオンを不思議そうな顔で見つめて、それから目をこする。 「今すぐ起きないなら、朝飯抜きだ」  重ねて言うと、 「あっ…」  あわてて立ち上がるレイモンドを見て言う。 「おまえな、ベッドカバーの上に寝るな。ちゃんとカバーをはずして、毛布の間にくるまるんだ」 「……わかった」 「それから。トレーニングが終わったらシャワーを浴びて着替えろ。汗をかいたままだと身体が臭いし、汚れた服だとシーツや毛布が汚れる」  レイモンドは自分の腕を鼻に当て、くん、と臭いをかいだ。 「2日前に風呂に入った」 「2日前? ……、あのな。宇宙に出ている時は無理かもしれないが、ここでは、トレーニングが終わるたびにシャワーを使え。服も着替えろ」  バスルームがあるだろうと言うと、 「毎日、着替えるのか?」とレイモンドが聞く。 「当たり前だ!」 「知らなかった。そんなことをしてたら、服がすぐになくなるから」 「……服がなくなる? 洗濯すればいいだろう。足りなければ、下着もウエアも支給してもらえる。いや…、俺が手配しないといけないのか。足りなければ、俺に言え! とにかく、さっさとシャワーを浴びて、着替えてこい。脱いだ服は洗濯かごの中。まったく。いつになったら朝飯を食えるんだ!」 「わ、わかった」  あわててバスルームに向かう姿を見て、マリオンは気づいた。レイモンドがスラムにいたことを。 「あいつ、もしかして…」  スラムでは着替えも、シャワーもなかった? しかし、プレスクールでは? 誰も生活の面倒をみてやらなかったのか…。  マリオンの杞憂通り、レイモンドは生活習慣がまったく身に付いていなかった。朝、きちんと起きること。時間通りに、食事を摂ること。ちゃんと座って食べること。シャワーや風呂で身体を清潔に保つこと、服を着替えること、何から何まで、できていない。  俺は子守か! マリオンが嘆くのも無理のないほど。  そんなレイモンドにあきれ果てたからだろうか。それとも、もともと教育係などやりたくないと思っていたからだろうか。  マリオンはすぐに、レイモンドの面倒をみるのがいやになった。  朝食が終わると、プレスクールから持ってきた教科書を与えて、部屋に閉じこめる。午後からは、一人でスポーツジムへ行かせるだけ。時折、顔をのぞかせることはあっても、積極的に何かを教えることはなかった。  もとより、部屋でおとなしくしているようなレイモンドではない。窓から堂々と抜け出し、帰ってくるのは夕食の時間を過ぎてからというようなこともざら。  ただ…。マリオンに叱られ、夕食を抜かれてからは食事時間だけは気にするようになってはいたが。  それでも。飲み疲れたマリオンが眠る頃になっても、まだレイモンドが部屋にいないことなど、珍しくもなかった。 「どろどろの服で部屋に入るな!」 「ものを出しっぱなしにせずに、整頓しろ!」  面倒をみるのがいやになったと言っても、文句は限りなくあった。
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