愛が生まれる駅

1/1
前へ
/12ページ
次へ

愛が生まれる駅

涙の彼女。作業員おじさんはじっと見つめた。 「出て行くって?あんた。あの時の運転手と良い感じだったじゃねえか」 「はい……お付き合いしていたんですけど。彼はやっぱり、私よりも、電車が好きなんですよ」 悲しい話。思えば彼女の荷物はトランク。悲しい女の恋の結末。一同は何も言えなかった。 「でも。最後に。彼の声がする電車に乗って行こうとしてたんです。これで、もう、思い残すことはありません」 「お姉さん」 「……」 一緒にホームで話を聞いていた社長。スッと彼女に寄り添った。 「俺は、あなたのおかげで、今の仕事ができました。他のあの時のメンバーも、きっとあなたに感謝していると思います」 「……私は何もしてないわ。それに、最後に皆さんに会えて、本当に良かった」 するとここに警官になった彼女がやってきた。 「お疲れ様です。お姉さん、気分はどうですか」 「大丈夫……少し休んだら、動けるわ」 「でも」 悲しみの顔。彼女も悲しくなっていた。 「私、あの時の彼とは、結局話が合わなくて。付き合うことはなかったんですけど。あの時のお姉さんみたく、人の役に立ちたいって思って。私は警官に、彼は今、大学の医学部に通っているんです」 「そう。みんなよかった。安心したわ」 立ち上がった彼女。それを支えた女子中学生は、その身体に気がついた。 「お姉さん?もしかしてお腹が」 「姉ちゃん。妊娠してたのか」 「……はい。でも犯人に悟られなくて良かった」 身重なのに別れを選んだ彼女。駅のホームで一同は悲しみでいっぱいになった。 「なんでだよ……一人で育てるのかよ」 「あの。自分の会社に来てください!仕事はいくらでもあるので」 しかし。彼女は首を横に振った。 「いいんです。自分の足で、ゆっくり生きて行くから……あ、まずい」 向こうからやってきた男性。彼女は背を向けて慌ててスーツケースを引き出した。 「民子(たみこ)か?やっぱり、おい!」 「みんな。あの人を止めて?その間に行くから」 彼女はそう言って急いで進んだ。命令された彼らは、ひとまず運転士を止めた。 「あんた。あの姉ちゃんの彼氏かよ」 「あなた達は……電車のメンバーですね」 「そうですよ!どうしてお姉さんと結婚しないんですか」 涙目の中学生女子の睨み。彼は首を傾げた。 「結婚?それはどういう話で」 訳のわかっていない運転士。これに社長がはっきり言った。 「お姉さんは妊娠してるんでしょ?彼女、結婚の話をしてませんでしたか?」 「妊娠?いや。その、誕生日前に結婚したいと話はありましたが」 すると警官女子が怒り出した。 「あなたね?適齢期の女性と交際していて。それはないでしょう!」 「……民子は妊娠してるんですね」 ここでなぜか部下が捕捉した。 「そのようです。そして一人で生きていくと仰って。別れる前に、あなたの声がする電車に乗ったと話していました」 「そうはさせない……民子!待て」 彼らは運転士を離した。彼は駆け出した。その先にはスーツケースを引く彼女がいた。 ホームの先。抱き合う二人が見えた。白い羽が舞う線路。静かな世界。愛が結ばれた瞬間を、彼らは涙で見届けていた。 「みなさん。我々のことで、申し訳ありませんでした」 「すいませんでした」 戻ってきた二人。彼らはいいってことよ、と拍手をした。 「で。どうすんだ」 「知らぬとはいえ。彼女には心配をかけてしまいました。早速、日を見て籍を入れるます」 「おめでとう!」 祝福の拍手。二人は恥ずかしそうに頭を下げた。 運転士は彼女の肩を優しく抱き、彼女の荷物を引いていた。この様子に一同は胸を撫で下ろしていた。 「ええと。詳しい話を聞きたいので、移動ですね。お姉さんは暖かい部屋にいきましょう」 警官娘の話。この時、運転士の彼が振り向いた。 「それと。私からですけれど。電車の乗り継ぎはございませんか?急ぎの方がいたら、席を手配しますので」 今はいい、と一同は何も言わず運転士の彼の先導でホームを歩いた。 「あの。社長」 「何だよ」 「……あの彼女が、会社設立の力になった人なんですか」 「そだよ。なんかあるのかよ」 「いや?その……」 彼は眼鏡をスッとあげた。 「電車って。良いものだなって。それだけですよ」 「だろ?さあ、行くぞ」 人が行き交う電車の駅。愛生駅には、今日も愛が生まれていた。 完
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

114人が本棚に入れています
本棚に追加