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愛が生まれる駅
涙の彼女。作業員おじさんはじっと見つめた。
「出て行くって?あんた。あの時の運転手と良い感じだったじゃねえか」
「はい……お付き合いしていたんですけど。彼はやっぱり、私よりも、電車が好きなんですよ」
悲しい話。思えば彼女の荷物はトランク。悲しい女の恋の結末。一同は何も言えなかった。
「でも。最後に。彼の声がする電車に乗って行こうとしてたんです。これで、もう、思い残すことはありません」
「お姉さん」
「……」
一緒にホームで話を聞いていた社長。スッと彼女に寄り添った。
「俺は、あなたのおかげで、今の仕事ができました。他のあの時のメンバーも、きっとあなたに感謝していると思います」
「……私は何もしてないわ。それに、最後に皆さんに会えて、本当に良かった」
するとここに警官になった彼女がやってきた。
「お疲れ様です。お姉さん、気分はどうですか」
「大丈夫……少し休んだら、動けるわ」
「でも」
悲しみの顔。彼女も悲しくなっていた。
「私、あの時の彼とは、結局話が合わなくて。付き合うことはなかったんですけど。あの時のお姉さんみたく、人の役に立ちたいって思って。私は警官に、彼は今、大学の医学部に通っているんです」
「そう。みんなよかった。安心したわ」
立ち上がった彼女。それを支えた女子中学生は、その身体に気がついた。
「お姉さん?もしかしてお腹が」
「姉ちゃん。妊娠してたのか」
「……はい。でも犯人に悟られなくて良かった」
身重なのに別れを選んだ彼女。駅のホームで一同は悲しみでいっぱいになった。
「なんでだよ……一人で育てるのかよ」
「あの。自分の会社に来てください!仕事はいくらでもあるので」
しかし。彼女は首を横に振った。
「いいんです。自分の足で、ゆっくり生きて行くから……あ、まずい」
向こうからやってきた男性。彼女は背を向けて慌ててスーツケースを引き出した。
「民子か?やっぱり、おい!」
「みんな。あの人を止めて?その間に行くから」
彼女はそう言って急いで進んだ。命令された彼らは、ひとまず運転士を止めた。
「あんた。あの姉ちゃんの彼氏かよ」
「あなた達は……電車のメンバーですね」
「そうですよ!どうしてお姉さんと結婚しないんですか」
涙目の中学生女子の睨み。彼は首を傾げた。
「結婚?それはどういう話で」
訳のわかっていない運転士。これに社長がはっきり言った。
「お姉さんは妊娠してるんでしょ?彼女、結婚の話をしてませんでしたか?」
「妊娠?いや。その、誕生日前に結婚したいと話はありましたが」
すると警官女子が怒り出した。
「あなたね?適齢期の女性と交際していて。それはないでしょう!」
「……民子は妊娠してるんですね」
ここでなぜか部下が捕捉した。
「そのようです。そして一人で生きていくと仰って。別れる前に、あなたの声がする電車に乗ったと話していました」
「そうはさせない……民子!待て」
彼らは運転士を離した。彼は駆け出した。その先にはスーツケースを引く彼女がいた。
ホームの先。抱き合う二人が見えた。白い羽が舞う線路。静かな世界。愛が結ばれた瞬間を、彼らは涙で見届けていた。
「みなさん。我々のことで、申し訳ありませんでした」
「すいませんでした」
戻ってきた二人。彼らはいいってことよ、と拍手をした。
「で。どうすんだ」
「知らぬとはいえ。彼女には心配をかけてしまいました。早速、日を見て籍を入れるます」
「おめでとう!」
祝福の拍手。二人は恥ずかしそうに頭を下げた。
運転士は彼女の肩を優しく抱き、彼女の荷物を引いていた。この様子に一同は胸を撫で下ろしていた。
「ええと。詳しい話を聞きたいので、移動ですね。お姉さんは暖かい部屋にいきましょう」
警官娘の話。この時、運転士の彼が振り向いた。
「それと。私からですけれど。電車の乗り継ぎはございませんか?急ぎの方がいたら、席を手配しますので」
今はいい、と一同は何も言わず運転士の彼の先導でホームを歩いた。
「あの。社長」
「何だよ」
「……あの彼女が、会社設立の力になった人なんですか」
「そだよ。なんかあるのかよ」
「いや?その……」
彼は眼鏡をスッとあげた。
「電車って。良いものだなって。それだけですよ」
「だろ?さあ、行くぞ」
人が行き交う電車の駅。愛生駅には、今日も愛が生まれていた。
完
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