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あつい一日
「まだか。まだかよ……」
「すいません。静かにしてください」
貧乏ゆすりの競馬男のうざい語り。サラリーマンはカリカリしてきた。
そんな時、老婆がバックから飴を出し、男子大学生に頼んで全員にこれを配らせた。
「ばあちゃん。みんなありがとうってさ」
「そうかい」
老婆は満面の笑みで男子大学生とハイタッチをし、やがて、彼と共に……寝た。
女子高生もスマホの充電切れなのかつまんなそうに椅子にもたれ、ジャージ男子も長い足を広げて寝ていた。
そんな中、一人電車で立っていた彼女に、みんなが席を詰めて、座れば?と言ってくれた。
「有難いですが。私、ちょっと訳があって、座れないんですよ」
「なんだ?痔か?若いのに」
「お父さん?止めてよ?!」
この老人の悪気のないボケに電車内のメンバーは爆笑していたが、彼女は怒らなかった。
「フフッフ!あのですね。座ると酔うから」
「お姉さん。今は電車停まってるよ」
「あ、そうか?」
ここで又爆笑を買った彼女は、小学女子の隣に大人しく席に座った。
「あなたは塾に行く所なの?」
「はい、でも。今日は休むって連絡しました」
「そうよね。間に合わないよね」
ここで暇な人達は、なんの勉強をしているか聞いてきた。
「今は……算数ですね。旅人算とか」
「旅人?なにそれ」
「はい。出会い算もありますよ」
ヘェ〜と感心している時に、無関心を決めていたサラリーマンは、二つの動くもの速さとか距離などを計算し、出会う時間を割り出すものだと言った。
「例えばですね。それぞれの駅を出た電車はそれぞれの速度で進む時に、どこの駅で一緒になるか、とかそういう時の計算ですよ」
今はその電車は動かないけどね?と一同が心で思っていた時、待ちに待っていたアナウンスが聞こえてきた。
『ご乗車のお客様にお知らせします……大変なご不便とお怒り。さらに沈滞による多大なるご迷惑をお掛けし、大変申し訳ございません……』
「よほどクレームが来るんだね」
「ばあちゃん!静かに」
しかし。
電車はまだ動かないとアナウンスは流れた。
『つきましては、食料としてアンパンの配給を』
「うちには来てないぞ?」
「おじさん!うるさい」
イライラ女子高生に叱られた競馬男は、まあ、そんなに怒るよ?と笑って誤魔化し、隣の車両からやってきたアンパンを自ら動いてみんなに配っていた。
ずっと働いていた女子は、当然でしょう!という態度で動かなかったので、競馬男は男子高生の肩を叩き、彼にもこれを手伝わさせた。
「みなさん。私、ウェットティッシュがありますよ」
「はい、ばあちゃんからっす!」
そういって回覧してきたので、一人一人これを頂戴し、パンを食べた。
「ん?つぶ餡か、これは?」
「お父さん、どうでもいいでしょう?そんな事」
この高齢男性の対面に座っていた女子高生と男子高生は一緒に爆笑していた。
「私はいいや、太るから」
「俺的にはそうは見えないけど」
二人は違う制服だったが、なんかスマホを見せっこしていい感じになっており、乗客の目にも恋が芽生えた匂いがしていた。
「パンがパサパサで、入れ歯だとキツいわ」
「ああ。俺はこしあんが好きなのに」
老女と大学生の文句の中、小学生女子の電話が鳴った。
「家からだ」
「出たほうがいいよ。心配しているのよ」
彼女の促し。うんとうなづいた少女は、スマホで会話をしていた。
「うん。平気よ、ママ上様』
このママ上様に一同は吹き出した。
「ぶ!なんだ、おい?」
「お、おじさんは黙って!」
競馬男にツッコミを入れた女子高生。
しかし。電話の母親は心配していた。隣に座っていた彼女は電話を代わり、守っているので安心するように話した。そして電話を終えた二人だったが、一同はママ上様に突っ込めずにいた。
そこに隣の車両の人がやってきた。
「すいません。パンが足りないんですけど」
「あれ?人数分しか受け取ってないですけど」
なぜかこの車両の代表扱いの彼女は、そう答えた。
「そうですか。こっちは子供さんが乗っているので」
彼もまたいつの間にかの代表の様子。するとこの車両の善意が動いた。
「良ければ私のパンをどうぞ」
「私も要らないし」
「私もいいですよ。お子さんにあげてください」
サラリーマンや、高校生も要らないというので、これも隣の車両に進呈した彼女。席に戻ると小学女子が話しかけてきた。
「お姉さんって、何のお仕事をしているんですか」
「お葬式の仕事よ」
「どういう事をするんですか」
彼女は葬式や通夜をする際、亡くなった人を忍んでエレクトーンで演奏したり歌ったりすると言った。
「どんな歌を歌うの?聞いてみたいね」
「俺もです」
老婆と大学生は彼女にそう言ってきた。
「ええ?私ですか?本気で」
一同はイエーイと悪ノリし、拍手をしてきた。彼女は仕方なく立ち上がった。
「それではお聞きください。『アメイジンググレイス』」
彼女は隣車両に背を向け、スッと歌い出した。自慢のソプラノ。その美声に車両のメンバーは感動の拍手をした。
「いやいや。大したもんだ……冥土の土産になった」
「お父さんの時も頼もうか?」
感動の老人と娘は涙を流していた。
「すいません。私、動画で撮っちゃいました」
「俺もです」
感激の高校生。口を開けて動画を撮っていた。
「お姉さんすごい!音楽の先生みたい!」
「ありがとう」
「お姉さん。素晴らしいわ。あなた、ミュージカルスターみたいよ」
「よかったな。ばあちゃん。こんなに近くできけて」
小学生、お婆さん、大学生の賛辞。競馬男とサラリーマン、スポーツ青年も拍手をくれた。
すると。この流れで今度は誰が余興をする番だ?という感じになった。
「おい、ジャージの少年。お前、なんかやれ」
「自分ですか?そうですね」
競馬男のご指名。彼は立ち上がると、小学女子に上着なんか預けて肩をコキコキ鳴らした。
「倒立します」
おおお!と彼らは拍手をした。
つづく
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