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笑顔の行方
『皆様。大変ご迷惑をかけました。ただいまより、順に電車を降りていだだきます』
せっかく仲良くなった彼らは無情にも降りろと言われた。外は黄昏の世界になっていた。
「ふわ?」
「眠い」
くっついて寝ていた高校生二人。あくびをして髪型や制服を直していた。
「痛た?腰が痛くなった」
「大丈夫?おばあさん、いや?CEO」
大学生は老婆を優しくサポートしていた。そして、サラリーマン。お爺さん、その娘さんと連絡先を交換していた。
その必要がない彼女はその光景を微笑ましく見ていた。やがてドアが開いた。この素晴らしい車両とお別れとなった。一同はしんみりしていた。
「行こう。さあ、僕の手を取って」
「はいはい。よろしくね」
輝かしい未来への扉。まずは老婆と大学生が降り口に向かった。その後ろには競馬男とサラリーマンがいた。
「さあて。一杯やって帰るか。あんたもどう?」
「一杯だけ付き合います」
競馬男とサラリーマンは笑みを浮かべて降りていった。そして老人と娘さんが続いた。
「お父さん。ほら、降りるわよ」
「ん?線路が直ったのか」
老人のおとぼけ。しかし、男子高生は優しく寄り添った。
「そうです。お爺さんのおかげで直りましたよ。僕、降りるの手伝います」
「私も。お荷物はこれですか?」
老人とおばさんは、高校生達が付き添って行った。
梯子を使って車両から降りる事になり順次これに応じていった。スポーツ少年と彼女と女子小学生が最後に降りることになった。
「あのね。君。先に降りて、この子をお願い」
「うっす」
「悪いけどこのバッグも持って。線路を一緒に歩いてあげてね。あなたも、彼の言うことを聞くのよ」
「はい」
カバディ少年は逞しく小学生女子を優しく見守りながら線路を歩いていた。
足の早い若い二人。最後に降りた大人の彼女。風に髪を押さえながら一人、線路をゆっくり歩いていた。
「お客様。大丈夫ですか」
先の線路で待っていた男性。彼女を支えてくれた。
「その声。あなたは……もしかして。アナウンスの方?」
「そうです。この格好でよくわかりましたね」
なぜか彼は制服ではなく、白いシャツとジーンズだった。彼は一緒に歩き出した。
「声がそうですもの。私、この電車。よく乗っているんで」
「そうですか。実は自分は非番で乗っていただけなので、放送だけやったんです」
「そうですか。大変だったでしょう」
「はい。好きで入った仕事ですけど、もうって感じです」
達成感たっぷりの二人。夏の風が吹いていた。
「実はですね。自分は監視カメラで、車両内を全部見ていたんですよ」
「そうなんですか?」
うなづく彼。ほっとした様子で語った。
「他の車両は、ケンカになったり子供が泣いたりして、車掌はその対応で大変だったんですが。あなたの車両だけは楽しそうでした」
「ハハハ。だって面白い人がたくさんいたんですよ」
「……でも、やっぱりあなたのおかげです」
彼は彼女を見つめた。
「え」
「あの歌。素晴らしかったです」
その時、風が吹いて、切れた電線のようなものが流れてきた。
「きゃーー!」
「危ない!こっちに」
鉄道マンは彼女を抱きしめた。しかし、線の長さが短くここまで来なかった。
「怖かった……あの?」
「すいません。ほっとしたら、気が抜けて……」
一日アナウンスをしていた彼。脱力の彼。彼女は優しく声をかけた。
「いいですよ、疲れて。あなたは一生分やったんですもの」
「そう言ってもらって、頑張った甲斐がありました」
「さあ。帰りましょう」
彼女は彼を励ますように、手を繋いだ。
「私も車掌さんも。本当によくやりましたよ……誰も言ってくれないから、私が褒めてあげますね」
「そんなことを言ってくれるのは、貴女だけですよ」
一日頑張った二人。汗だくで仲良く線路を歩いていた。
「それにしても。綺麗な夕日……この線路から歩いて観るなんて、なかなか経験できないな、素敵……」
「こんな時も楽しそうですね」
憧れの車掌に彼女は微笑んだ。
「ええ。だって私、この電車、大好きなんですもの」
「僕もですよ。今日。あなたに出会えて、もっと、好きになりました」
彼も嬉しそうに微笑んだ。
続く線路。先を歩く若者達、駅はまだ先。後ろに停まった電車は優しく見送ってくれている。大きな枕木、鉄のレール。またぐように気をつけて歩く二人。彼女の一歩に合わせて優しく進む彼。線路から見える景色は一番星、月、飛行機雲、そして隣を歩く優しい人。
この藍色に染まる空。二人の思いをくすぐるかのように、あざかやな彩で包んでいくのだった。
FIN
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