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「はい?奈良?」
何故このタイミングで奈良が出てくるのかさっぱり理解出来ない緋葉の頭の中は疑問符だらけだ。
実は真尋、山ン本の後ろに控える鹿の妖が何ともまぁ可愛くて、鹿の宝庫である奈良に行きたくなったと場違いな視線を送っていたのだ。
そんな二人のやり取りが利音と山ン本の耳にも届いて来て、彼の突拍子の無い言動に目をヒクつかせる。
すると山ン本は今度は真尋に関心が行く。
「真尋君でしたっけ?
何故奈良なんです?」
「え、いや………
あの鹿可愛いから、ちょっとだけモフりたいとか思って……
奈良行けばモフれるかなぁとか?」
そう答えると山ン本は声を上げて笑った。
「いや~愉快な方ですねぇ。
モフりますか?」
「え、いいんですか!?」
「どうぞ」
山ン本は鹿の妖に目配せして真尋の傍に来るよう命令する。
立派な角が生えた牡鹿に真尋はそっと触れる。
少し固めな毛質だが、体温が心地よくずっと触っていたくなる。
「ご満足頂けましたか?」
「はい、とっても!!
ありがとうございます」
魔王とも呼ばれる妖相手に動じることもしない真尋に、周りの関係ない妖までも冷や汗をかく。
あまつさえ、山ン本さんっていい人ですねなどとぬかし、山ン本の爆笑を誘うと言う強者だ。
「いい人だと言われたのは初めてですね。
本当に貴方は愉快な方だ。
私の知っている天狗を思い出させる」
「天狗?」
首を傾げる真尋に笑みだけを浮かべてそれ以上は語らない。
そして緋葉に一瞥をくれた後、すぐに真尋に視線をやる。
その視線にまさか彼の言う天狗が主であるとするならば、真尋と主が血縁だと気付いているのかと緋葉は険しい顔をする。
いや、考え過ぎか。
ずっと近くにいた緋葉でさえ二人が血縁と気付かなかった上に、主と山ン本が会ったのも数回だと聞いていた。
山ン本の腹の底が見えず恐ろしいと思った。
「それで利音君、貴方に通行手形を上げましょう」
「………」
山ン本の言葉に周りの妖が動揺した。
「お待ちください!!
その男は祓い屋ですよ!?
通行手形は以ての外、さっさとこの場で処分してしまうべきでは?」
妖の一人がそう異を唱えた瞬間、その妖の首が弾け飛んだ。
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