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引っ越し………
そうなるともうここへは帰って来れなくなる。
何だか言いようのない寂しさが襲った。
家族がいる場所が帰る場所なのだろうが、折角この家に愛着も沸いて、実家と捉えていたのにそれが無くなる虚しさを抱いてしまった。
「そっか……まぁ、しょうがないか」
それでも秋人を困らせたくは無いので、何でもないようにそう軽く受け流すが、秋人にはその心情はお見通しだった。
他人ならば分からないだろうが、寂しいと言う感情が表情に繊細に現れていて、親同然に接してきた秋人は気付いてしまう。
けれど、こればかりはどうもしてあげられないので、秋人も気付かないふりをした。
「ところで由香里さんとは会っているのか?」
由香里とは真尋の母の名前である。
秋人にとっては孫娘だ。
「会ってないし、最近は連絡すら取って無い」
「何故?」
「いや、だって……利音さん家からは遠いし、向こうも忙しいのか知らないけど、連絡来ないから……」
大学に進学してからは母とはあまり連絡を取っていない。
それに正直会いづらいと感じている。
何故なら、母は決して言わないが、おそらく真尋が原因で父と離婚したからだ。
生家にいた頃、天狗の力を突然得てしまった真尋の事で喧嘩をしているのを度々聞いていた。
そして真尋が家を出て暫くして母と会ったとき、彼女の苗字が旧姓で秋人と同じ、春日になっていた。
兄と姉は父とそのまま一緒に暮らし、母だけが家を出た。
その後母は、元々パートで看護師として働いていたが、現在正社員で働いているので忙しく、あまり頻繁には会っていなかった。
「ならば真尋から連絡すればいいだろう。
メッセージだけでも近況を報告してやってはどうだ?」
見かねた秋人がそう提案する。
「うん………」
確かにメッセージくらいは送った方がいいだろうとも思う。
秋人から聞いた話では、真尋の養育費を払ってくれているらしい。
ついでに言うと、大学の費用もいくらか出してくれていると聞いたので、そこはちゃんとお礼は言わないといけない。
なので今夜、メッセージを送ると十分程して返事が帰ってきた。
『私も会いたい。
明日空いてるなら食事でもどう?』
どうやら母は真尋と今すぐにでも会いたいらしいので、OKと伝えた。
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