墓地の陰気

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 伊藤は二人に状況の説明を求めるが、秋人はそれに渋い顔をする。 「すみませんが、今回は任務で来たわけではありません。 先程もお話しした通り、我々はただ墓参りに来て巻き込まれただけ。 後で報告書を提出しますのでこれ以上はご勘弁を」  今日はもう帰りたいと秋人が言うので伊藤もここは引くしか無かった。 「分かりました。 では今回はこれで……… え〜と、お名前をお聞きしても?」  そう真尋に聞くので名乗らないわけにもいかないのでフルネームを教える。   「では春日さん、高住さんまた………」  伊藤は会釈して現場へと戻って行った。  その後ろ姿を見送った秋人ははぁ~っと息をつく。  車に戻り二人だけの空間になると、危機感のない真尋に簡単に自分の情報を与え無いようにと注意する。 「特に本名を簡単に教えるのは本来は良くない。 昔は諱と言って本名を他人に教えてはいけなかったんだ。 霊的人格を支配される恐れがあるから」  昔は呪いなどに使われる事を避ける為、諱、つまり本名を人に言う事は憚れた。 なので諱とは忌み名とも言う。  その為仮名を用いて、本当の名を知られないようにしていたが、現代では無くなってしまい、名前を教えるその危険性と言うものが薄れてしまったように秋人は感じる。   「じゃあ秋人さんも昔は仮名とか使ってたの?」  真尋が興味津々にそう聞く。 「いや、今も仮名だ。 秋人と言う名は明治になって戸籍を作るにあたり自分で付けた名だ。 父が私に下さった諱は別にある」 「その名前って………?」  秋人の本名と言うのを聞いてもいいかと質問すると横に首を振った。 「例えお前であっても教えられない。 それだけ名と言うのは重く、命その物なんだ。 だと言うのに、普段使わないから段々と諱など忘れてしまい、重要視されなくなった挙げ句、当たり前に本名を名乗るようになった」  名前と言うものの重要性を分かってないと秋人は嘆く。  正直真尋としても幼名だの諱だの仮名だのコロコロ名前が変わるのは面倒な風習だと考えているが、嘆息を漏らす秋人の横顔を見て名前とはなんぞやと窓から車の外を見つめ考える。  名前とは親からの最初の贈り物だ。  大なり小なり願いが込められているはず。  だからこそ強力な言霊にもなり、人に知られる事によってその言霊に付け込まれてしまう諸刃の剣であるのかもと真尋は独自に考えた。
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