人と妖(下)

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 思わず鹿北の意見に同調してしまいそうになる利音だが、警戒感を強める。 「んで、アンタはここになんの用?」  わざわざ鹿北家当主が直々に訪ねて来たのだ。  一体ここに何があると言うのだ? 「私はただ、柳井太一郎(たいちろう)さんに巻物をお譲り頂けないかと交渉しに来ただけよ」 「タイチロウ………?」  彼女の口にした名は確か管狐が主だと言っていた名だ。  彼女が訪ねて来たと言う事は、まだタイチロウは生きていると言う事か?  すると修哉が鹿北を睨みながらこう言った。 「柳井太一郎はもう亡くなった」 「亡くなった?」 「ああ、俺のじーちゃんだよ」  そう、タイチロウとは修哉の祖父の柳井太一郎の事だった。  管狐が身体に入ってその名を口にした時は心底驚いた。  それと同時に修哉の幼い頃の記憶が蘇る。  祖父、太一郎は式神として管狐を傍に置いており、妖に関わる事を生業としていた。  しかし彼の子供は皆視えなかった。  その為太一郎の言動は子供達には気味の悪いものだった。  そして早くに妻に先立たれ、子供達も中々家にも寄り付かず、管狐だけが彼の拠り所になっていた。  そんな中でも一度だけ息子が孫を連れ帰って来た。  その孫が当時6歳の修哉だった。  視える修哉は管狐を見て可愛いと撫でていた。  だが修哉の両親は当然視えておらず、息子の言動が恐ろしかった。  それ以来、太一郎の影響で修哉がおかしくなったと、二度と会わせる事は無かった。  あの一度きりの出来事を修哉は漸く思い出したのだ。  管狐の方は修哉が幼い頃に一度しか会っていないからか、成長した彼に気付かないのか、覚えていないのか………  それでも修哉は管狐があの時の管狐だったのかと思い出した。  可愛かった。  だから両親にも見て見てと無邪気に見せていたが、何を言っているのかと青ざめていて、ああ、違うのかとショックで記憶に蓋をしたのだ。  やっと再会出来たが、その管狐は風前の灯火である。  おそらく利音でも管狐を助ける事は出来ないだろう。  
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