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「本当に、毎日できることが増えて行くのよね。子どもの吸収力って凄いわ。もうお母さん忘れちゃってた」
今一つ状況が理解できていない圭亮に向かって母が苦笑しながら話している。
「へぇ、そうなんだ。でもよかっ──」
唐突に、それは閃きのように圭亮の頭に浮かんだ。「おはよう」も「おやすみ」も、この子は知らなかったんじゃないのか?
普通に生きていれば、……少なくとも圭亮にとっては、こんな基本的な挨拶は呼吸と同じくらい自然なことだ。
しかし真理愛には違ったのではないか。『言葉』は、呼吸のように生まれつき身に備わっているものではない。周りの人間や環境から学んで、徐々に身に着けて行くものだ。
おそらく「おはよう」は、毎朝欠かさず両親と交わしている筈。意味などわからなくとも、単純に決まった『習慣』として嫌でも覚えるだろう。
けれども「おやすみ」は、読み聞かせの最中に真理愛が眠ってしまうことも珍しくないので頻度としてはぐっと下がる。しかも、起きてはいても意識がはっきりしているとは言えない状態が大半だ。
「圭亮? どうしたの、ぼんやりして。会社遅れるわよ?」
母の声にハッとして、慌てて用意してもらった朝食を掻き込む。
今は考えるな。親として、稼ぐのも大切な責務だ。
真理愛のことにはとりあえず強引に目を瞑ることにして、圭亮は大急ぎで出勤の準備に掛かった。
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