最期の日

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最期の日

到着して小一時間ほどで姉一家はやって来た。 当然の事ながらその表情は険しい。 互いに腹を探り合いながら、目を合わせる事もなく、隙間風が吹き抜けていった。 だが、張り詰めた緊張は、すぐに破裂した。その晩の事だった。 私は、実家の冷蔵庫から缶ビールを取り出し、開けようとすると、 「ちょっと、今日ぐらい我慢出来ないのっ!!」 姉の刺すような声が私の背中を射た。 「なんだよ、偉そうにっ!!」 喧々諤々の言い争いが始まった。 「誰かさんが、死ねばいいっ!なんていうからさぁ・・」 姉が皮肉たっぷりに言う。 「だって、お父さんが死にたいって言ってる・・って、いうからさぁ・・でも、そっちだって、お父さんの事はもう、どうでもいいって言ってたぞぉ!!」 言い訳をしながら、姉の非を私も突いた。 「今日だって、なんで、こんなに遅くなったの?あんた、長男なんだよ?!」 「色々あるんだよ、こっちだって!」 「何が色々よっ!どうせ、面倒くせっ!って感じなんでしょう!!」 「バカヤロウ!誰がそんな風に思うもんか!!」 私は声を荒げた。 「普通はもっと早く来るもんよ!」 姉は尚も詰め寄る。 「怖かったんだよぉ・・お父さんに会うのが・・」 「怖い?・・」 「そう、怖かった・・何故か・・」 私は、ついに本音を吐露した。 父の棺を向こうにして、姉と私は、冷静に話し合った。私は、自らの発言と行動を詫びた。姉は、じっと話を聞くと、父の最期の一日を語り始めた。 その日、ほぼアルコール中毒の状態になっていた父を見かねた母は、父をかかり付けの医者へ連れていった。かねてから持病があるにも関わらず、暴飲を止めない父に、その医師は匙を投げ、他の病院を紹介したのだった――そこは、精神病院だった。その搬送の途中、タクシーの中で父の様態は急激に悪化、晴天にもかかわらず、 ”雪が降ってるなぁ・・”などと呟いたという。 その病院では、治療を待たされ、不安に思った母は姉に連絡し、姉は義兄とともに、病院に駆けつけた。ようやく診断の番が来たが、その医師は門外であると判断、更に別の病院を紹介された。 その病院で、治療を待つ間に、父は突然吐血し、意識を失った――食道静脈瘤の破裂だった・・・ その後、緊急治療室に移送され、およそバケツ一杯ほどの血を吐き、最期は心臓マッサージを施されたが、心肺は停止した。 母によれば、吐血する寸前、床に倒れながら、父は、”おれは、これでいい・・・”と朦朧としながら言ったという――それが、最期の言葉だった。 死亡時刻は、16時20分。 あの日、自宅の電話が鳴ったのが、16時30分。義兄が掛けたのだった。 「ホント、後悔してる・・死ねばいい・・ホント、馬鹿だよな俺・・・ホント、俺が殺したようなもんだ・・」 そう言って私はテーブルを叩き、嗚咽した。姉の目つきは先ほどとうって変わり、穏やかになっていた。 私も姉も、互いに毒を吐き、吹っ切れ、母と3人でこの葬儀に向かい合う決意を固めたのであった。 葬儀の準備は多忙を極めた。葬儀会社の担当者と詳細を決めていった。
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