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夢の続き
前日、お通夜はしめやかに執り行われ、いよいよ父がこの家から旅立つ日が来た。
個体としての父の姿は今日を持ってこの世から消え去るのだ。
葬儀当日、その日は、父が亡くなったあの日のような穏やかな冬の晴天だった。外には既に、黒い霊柩車が寄せていた。車の仕事をしていた父の事を思い、母はグレードの高い、車種を注文したが、思いの他、それは古びていた――まぁ、それはそれでいい。
畳の部屋に冬の暖かい陽差しが差し込んできた。それは、棺の中の父を照らした。その中を皆が覗き、最後のお別れをした。父のゆかりの品が次々と棺を埋めていく。やがて、棺に蓋がされ、釘が打たれた――。
”お父さん、お父さん、さようなら・・ありがとう・・”
私は、棺に静かに囁いた囁いた。
その斎場は川の畔にあり、背後には山があった。自然の中に溶け込むようにそれはあった。
荘厳な雰囲気の中、葬儀が始まった。途中、息子が飽きてしまい、奇声を上げるトラブルなどあったが、ベテラン僧侶は取り乱すことなく、淡々とお経を上げた。やがて、それは終わり、出棺となった。
火葬口に棺が運ばれた。
”お別れでございます”
職員が手を合わせた。
火葬口が絞まり、棺がその中へ消えていった。
啜り泣きが立ち込めた。
火葬を待つまでの間、川へ向かった。
川の流れは穏やかに、潺を奏でていた。
火葬場の煙突の先から、モヤモヤと揺れていた。父が登ってゆくのだと思った。
小一時間ほどで、火葬が終わり、納骨となった。火葬台の上の父の骨は、どこか生命感を宿しているようにみえた。
”まだ、俺は生きたかった・・”――そういっているような気がした。
葬儀が終わり、私は、喪主として挨拶をした。骨壺を託され、車に乗込んだ。
「すいません、少し、ゆっくり走ってもらえますか?」
私は運転手にそうお願いした。父に、川を見せてあげたい、そう思ったのだ。
川を沿って、車がゆっくりと走る。私は、骨箱を持ち上げ、車窓に掲げた。
”お父さん、川だよ・・”
そっと囁いた。
葬儀が終わってからも、初七日、49日の法要、墓の建立など、しばらくは、慌ただしい日々が続いた。
だが、ふと、心に空白が生まれると、
”そうか、もうどんなに大金を積もうが、父には会えないのか・・・”
そんな風に思い、胸が締め付けられた。
それは、神の思し召しかのような不思議な現象だった。
2008年2月19日、父の死から、ちょうど一年、我が家に娘が誕生したのだ。
待望の女子の誕生に、私は高揚し、図らずも父の命日に誕生した娘との遭遇に不思議な縁を感じた。
時に、それは、娘が3歳になった頃だった――あの夜の夢の続きを見たのだ。
夢の中で私は、草むらでボールを探している。ただ、それは少年の私ではなく、今の私だ。あの少女が振り返った。それは紛れもなく、我が娘だった。
「パパ、はい、これ!探しものでしょう!!」
ニコリと笑い、娘の小さな手のひらにそれはのっていた――いくら探しても見つからなかった、あのボールだった・・・
(完)
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