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3話
「……であるため、運動器の障害によって移動機能が低下した状態を言いますね。サルコペアとの違いは…。」
首がガクンと落ちて下を向いている者、心ここに在らずでスクリーンを眺めている者。皆が聞くだけの授業に眠気が指してきたころ、唯一目をぱっちり開き先生に視線を送る、優等生澪にも限界が来ていた。
(ね、眠い…。でも寝てる顔を見られたくないし、さっさと目を覚まさなきゃ…!)
自分の手首を摘み、その痛さで目を覚まさせようとするが、痛みよりも眠気の方が勝ってしまい、首が落ちそうになる。カクンカクンとならないよう片手に頭を乗せ、この問題難しい風を醸し出す。なるべく頭が動かないようにするが、その間にも眠気はどんどん襲ってくる。途切れ途切れになる意識の中、澪は必死で何かないかと考えた。
(うぅ…今日は本気で眠い。どうしよう、何か方法は…あ、そうだ。彩葉ちゃんは?)
そう思いチラリと隣を見てみると、
「スー…スー…。」
何と彩葉は眠気と戦うどころか、机の上にうつ伏せになって思いっきり寝息を立てていた。
「…。」
あまりの大胆さに驚きで声が出ない澪だったが、そのお陰で段々と思考が冷静になっていき、それに比例して眠気もどこかへ行ってしまった。
(…全くの無防備だなぁ。)
人を信じているからこそ、人前で寝られる。自分の寝顔を見て笑い者にしたり、他の人に晒されたり…そんな心配がないから寝られるのだろう。私には到底出来ないことだ。こんな風に色々と考えることが出来るのに、眠いからという理由だけで人目を気にせず眠れる。そんな中寝られる人っていうのはきっと、今まで幸せに何不自由なく育ってきた人達なのだろう。彼女の寝顔を見ながら、そう思いを馳せる澪に対し、彩葉は幸せそうに授業の最後まで同じ体勢で寝ていた。結局彼女が起きたのは、授業終わりの号令がかかる2、3分前であった。
「ふわぁ…眠かったー。」
「うん、寝てたもんね。」
うーんと人の目構わず背伸びをし、涙目になる彩葉。腰を捻り、身体のあちこちの骨をポキポキと鳴らす。
「あの先生何言ってるか分からないし、知ってるでしょ?当たり前だよ?って感あって何か嫌い。…あれ、そういえば私澪ちゃんが授業中寝てるとこ見たことないかも。眠くならないの?」
「うーん、まず授業中は寝るためにあるんじゃないからね。まぁ、そりゃ眠いって言ったら眠いけど、皆に見られるのが恥ずかしいって気持ちがあって、寝られなくなっちゃうんだ。」
「羨ましいー。」
そう言って再び大きな欠伸をする彩葉につられて澪も欠伸が出そうになったが、はっと気づき必死で我慢する。
澪は自分の今の体型は気に入っているが、顔は好きになれなかった。そのためか欠伸やクシャミなど、顔の形を崩す行動を気合いで我慢するようになったのだ。
文字通り欠伸を噛み殺す澪。薄く涙目になった彼女に気がつく人は誰一人といなかった。
「ん〜!よっしゃ、終わったぁ。」
両手を夕焼けの空に伸ばす彩葉。さっきの疲れ果てた表情とは打って代わり、晴れやかな清々しい、やりきったと言いたげな顔をしていた。その瞳にはキラキラと希望の光が浮かび上がる。
「ねっ、澪ちゃん。明日だよ、明日!私の運命の人に出会える運命の日…。」
うっとりと明日を見つめる彩葉に対し、澪は絶望的な顔を一瞬浮かべ、すぐに引っ込めた。そしていつも通りの笑顔を向ける。
「そうだね。」
「楽しみだよね〜。実は相手の写真見たんだけど、私凄くタイプな人がいて〜…。」
(はぁ、面倒臭い。明日何着ていこう。)
ぺちゃくちゃと明日の楽しみを語る彩葉の話を聞いている風に装い、他のことを考える澪。澪にとって合コンは興味が無いものであっても、周囲の人達の自分に対する目を、詳しく確実に知ることが出来る良い機会であった。そのため、無理矢理にでも合コンを前向きに捉え、明日どんなコンディションで行くのかを決めるのに、約一時間ほど時間を有した。
(皆のファッションセンスや最新の周囲の流行を知ることが出来るかもしれないし、折角行くのなら何か収穫を得ないとね。)
数日前。
「…な、合コン行かね?」
「んだよ突然。……行く。」
「行くのかよ。」
彩葉がSNSで発信した合コン募集に食らいつく、ある4人の大学生がいた。
「…ん?これ同じ大学のやつじゃね?」
「うわ、ウケる。何何〜?『顔写真を送り、エントリー完了です』…え、写真送るの?SNSに。」
「まーいいんじゃない?どーせ合コンに使われるだけなんだし。エントリーした人にしか見えないようになってるんでしょ?」
それならいいか、と3人がエントリーを始める中、興味を示さなずスマホでメッセージのやり取りをする者が1人。
「…。」
「いいなーお前は。超美人彼女がいてよぉ。その顔なら誰もほっとかねぇだろ。なぁ、陽翔。」
「僻むなよ。お前達もさっさと彼女作ればいいだろ。」
「それが出来たら苦労してねぇよ、このイケメンが!」
そう言われクスッと笑い、まだメッセージのやり取りに戻る陽翔を見て、正司(しょうじ)は恨めしそうに自分のスマホを見つめた。
「ふん。俺だってめっちゃ可愛い彼女を作って、お前をあっと言わせてやる……て、お、おい!これ見てみろよ!」
意気揚々とスマホを掲げる正司に、星辰(せいしん)と悠誠(ゆうせい)がウザったそうに、仕方なくその傍に集まった。
「全く何何?面白いことあった?」
「ゲーム好きの女の子いた?」
「違ぇよ。ほら見ろ!お前らも知ってるだろ。杠葉澪。うちの大学で1番美人で注目の的って噂の!」
『美人』という単語に、陽翔はパッとスマホをやめ彼らに近づいてきた。
「え、誰?どんな子?見せて。」
そんな陽翔に正司は、嘘だろ?と驚いた後、はっと鼻で笑ってみせる。
「何だお前知らないのか?今大学内で知らない奴はいない程の絶世の美女だぞ。」
いつもは興味を示さない陽翔が、自分のスマホに夢中になっている優越感から、正司はさらに鼻高らかに話す。
「残念だったなぁ。お前彼女がいるから合コン参加しないんだろ?んじゃ、俺この子狙ってくるから指くわえて待っとけよ!」
これ以上ないくらい悪く笑う彼に、陽翔は表情1つ変えることなく自分のスマホを開いた。そしてポチポチとした後、正司のスマホを奪い自分の分のエントリーを済ます。
陽翔がエントリーした事に気づいた正司は、直ぐに彼を問い詰める。
「陽翔!お前なんで行くんだよ!」
「何って、出会いが欲しいから?」
「は!?か、え。かの…え!?」
ニコッと嫌味っぽく笑う陽翔に正司はまともな言葉が出ず、その代わりに星辰が口を挟んだ。
「彼女はどうしたの?」
「ん?あぁ、今別れた。」
ケロッとそう言い切る彼に、またもや正司は腹を立て抗議しようとするが、怒りのあまり言いたいことが定まらずにいた。
「はぁ!?おま…え!?」
「毎日毎日メッセージ来てて、正直疲れてたんだよ。性格が合わなかったんだ。…ってことで俺、この子狙うから、ライバルだ。よろしくな。」
そう、言うことだけ言って爽やかに帰っていく陽翔の背中を見つめ、正司は悔しそうに叫び散らした。
「お前相手じゃ勝てるわけねぇだろー!!イケメン滅べー!!」
その声を背に受け、陽翔は楽しそうに歩きながら写真フォルダーを開き、今さっき別れた元カノの写真を『コレクション』と書かれたアルバムにいれた。そして合コンの写真のページを開く。そこには、皆の視線が集まっている中、堂々と可憐に歩く杠葉澪の姿が。
(正司には悪いが、今の俺に落ちない女はいないだろ。…待ってろよ杠葉澪。絶対俺のモンにして、お前もコレクションに入れてやる。)
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