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返事が聞こえているのかいないのか、それでもまだ潰れそうなほどきつく抱きしめて、私の名前を呟く。
これが、他の相手だったら『順番が違うんじゃない』と言いたいところだけど。
でも、あんまり必死で、そんなことが言える空気じゃなかった。
私は、彼の背中を軽く叩いて言った。
「ねえ、……行かないから、まだ居るから。少しだけ力抜いてくれない?苦しいんだけど」
「あ」
言われて初めて気づいたように、彼は力を緩めた。
けど、手は離さず、怒られるのを覚悟した子供みたいな顔で私を見下ろすのを見ると、つい吹き出してしまった。
「ごめ……いや、笑うところじゃないんだけど」
可笑しいやら可愛いやらで顔が笑ってしまって、下を向いて堪えようとしていたら、ふいに頬に手が伸びて上を向かされた。
私の顔を覗き込んで、彼は言った。
「隠さないで」
「へっ?」
「先輩の表情なら、全部見たいです。……笑うのも、そうじゃないのも。だから、隠さないで」
心臓が破裂するんじゃないかという感覚を初めて知った。
真顔で、視線も逸らさずにそんなこと言われたら、死ぬ。
「……先輩?」
「……貧血起こしそうなんだけど、やっぱりお茶、もう一杯もらえる?」
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