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「いってきます」 「いってらっしゃい。弁当は」 「持った」 「鍵は開けておいていいよ。ゴミを出しに行くから」 「ありがと」  彼女が出てから少し遅れて玄関に行って、ふと靴箱の扉を兼ねた鏡を見ると、シャツの襟からはみ出した赤い痣を見つけた。  昨夜彼女がつけた歯型の一部だ。   「……来週、泊まりで出張あるから」  夕食後のお茶を出すと、思い出したように彼女は言った。  多分、ずっと言い出しにくくてタイミングを計っていたんだろう。 「……珍しいね」  自分も座って湯呑を手に取る。 「今は事務方だけど、前に営業やってた時に担当してた企業で、商談に一緒に来て欲しいって頼まれたの」 「へえ。頼られてるね」  淹れたての緑茶の入った湯呑を持つ手は、既に熱いと感じているのに、それを無視するように僕は強く握りしめた。 「じゃあ、営業の人と行くのかい」 「うん。同期の同い年のと。……一応、貴方気にするから言っておくけど、向こうも既婚だし、間違いが起こるような間柄じゃないから」  既婚同士なら間違いが起きないなんて今どき誰が信用するのか。  熱で半ば痺れた指で湯呑を口に運ぶと、苦くて嫌な味がした。  先月開けたばかりの茶葉のはずなのに。   
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