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 昔から、彼女が勤め始めた頃から『出張』というものが嫌いだった。  最初の頃は、よく分からないけれど嫌だという感覚だったのが、突き詰めて考えれば、不可抗力で大事な人を奪われる怖さ、だと後で気づいた。  行った先で事故にでも遭ったら。  ホテルで知らない男に襲われたら。  同行した男と間違いでもあったら。  多分、普通の感覚の人間からしたら全く馬鹿馬鹿しい、子供じみた怖れだと思う。  けれど、僕にはそれが不安でしょうがなかった。  結婚して同じ家で暮らすようになってからは特にそれが強くなり、泊まりの出張ともなると前日から不安で仕方なく、帰って来て顔を見るまで安心できないという状態になり、僕の性癖は理解していて大抵のことは流してくれる彼女も、このことについては辟易していた。 「ただいま」 「お帰り」  その日も、家に帰った彼女を見るとひとまず安心はしたものの、自分の知らない空白の夜があることが恐ろしく、口を開けばあれこれと問い詰めそうで、黙って温め直した夕飯を出して空になった鍋を洗っていると、食べ終わった彼女が言った。 「……もう、次から頼まれても断るから」 「……何を?」 「出張に決まってるでしょ」
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