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「それ、あげますから」
「え?」
「卒論、締め切りも近いのに風邪でも引いたらどうするんですか」
言うだけ言って、彼は早足に歩き出そうとする。
「ちょ、ちょっと待っ……!」
黒のダッフルコートの背中を掴むと、あからさまに嫌そうな顔をされた。
皺になるほど握りしめてから、生地のしっかりした高そうなやつだと気づいて慌てて手を離す。
「ごめ……でも、雨ひどくなりそうだし、蓮見君が濡れたら」
「別に構いませんから。僕が体壊して困る人も居ませんし」
「いや、でも!」
「何ですか」
舌打ちでもされそうな、すごく疎ましそうな眼で見られてるのが分かって、さすがにちょっと落ち込んだ。
でも、このまま行かせるわけにもいかない。
「……あの……そんなに、同じ傘入るのも嫌なくらい、あたしのこと嫌いになった?」
「は?」
「いや、だって最近全然会わないし、図書館に居ても話しかけて来ないし、……そんなに嫌われたのかと」
きょとんと、彼は私を見る。
そうしている間にも雨は強くなって、彼の柔らかそうな髪にも肩にも大粒の雨が弾けるのが見えて、私は自分も濡れないように歩み寄って傘を差し出した。
「あの、どう思われてるか知らないけど、今はとりあえず一緒に」
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