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フィオラの呼吸と脈拍を確認し、死亡しているのを確認した。 同時に迅速に魔法準備に取りかかる。 魂魄魔法は時間との勝負。
魂を失った身体は既に生物ではないため魔法による修復が可能となるが、劣化も早い。
―――脳の血管やいくつかの臓器の損傷・・・。
―――本当に辛い思いをさせてしまった。
おそらくであるが倒れた時に頭を打ったような傷も見られた。 だが高名な魔法学者であったロンダークにとって、それらを修復するのは容易かった。 そしてそれが終わると魂魄魔法を使う。
ロンダークとフィオラの身体が魔力の輝きに包まれ、それが二人の間で交換する。 動物実験では見られなかったが、ロンダークは確かに魂となったフィオラが身体に戻るのを見えた。
おそらくは自身を代償とした魂魄魔法なためだ。
―――・・・身体が、熱い・・・ッ!
いかなる副作用も覚悟している。 願わくばそれが自分の身で完結するよう祈り続けて魔法を行使した。
―――フィオラはどうなった!?
フィオラの心音と呼吸が戻り、穏やかな表情が戻るのを見てロンダークは安堵した。 しばらくして自身の熱も冷め病室の状態に気付く。
―――バケツとタオルを借りてこよう。
首を絞めた時にフィオラが失禁してしまい、ベッドが汚れてしまっている。 このままでは可哀想なので、誰かが来る前に掃除しようと部屋を出て、看護師に道具を借りようと思った。
「すみません」
「・・・」
「あの、申し訳ないのですが、掃除道具を貸していただけませんか?」
「・・・」
通った看護師に話しかけてみたが、彼はロンダークがまるでいないとばかりに廊下を歩いていった。 魂魄魔法を研究していると知られ、無視されたことは幾度となくあった。
だが先程までは病院内でこのようなことはなかったはずだ。
―――こんな短期間に知れ渡ってしまったのか・・・?
気を取り直して何人かに話しかけてみたが駄目だった。 結局は自分で手洗い場を探して道具を借りにいく。 そこでバケツに水を汲んでいる時おかしなことに気付いた。
「・・・ん? 俺の姿が鏡に映っていない?」
手に持つバケツは確かに映っている。 なのに自分はどう見ても鏡に映っていないのだ。
「どういうことだ?」
鏡に映るのは奇妙にバケツが宙に浮いている様子。
―――もしかして・・・。
先程誰に何度話しかけても無視されたことを思い出す。 それを確かめてみるためバケツと雑巾を持ち手洗い場を出た。 そしてしばらく歩き、看護師の女性と出会ったとき悲鳴が上がった。
「きゃぁぁッ!? バケツが、浮いてる・・・ッ!」
流石に大袈裟な気もするが、看護師の女性は悲鳴を上げるだけに留まらずひっくり返っている。
―――やはり俺の姿は見えていないのか。
彼女には悪いことをしたが、ロンダークの姿が透明になっていることがこれで証明された。
―――・・・魂魄魔法の副作用か。
元々未完成のものを使用した時点でどんな代償でも受け入れると覚悟していた。
―――・・・フィオラの命を助けられるのならこれでいい。
―――俺が魂魄魔法の研究をしてきたのは、今日のためだった。
―――家族にできるたった一つの償いなんだ。
一過性のものなのか、永続的なものなのか、現状知る由もないが永続的なものであれば、魔法研究などといってはいられないだろう。
―――俺のやってきたことだけは書き記し、いつか誰かが後継してくれることを願うしかないな。
病室へ入ろうとしたところで先生とフィオラの会話が聞こえてくる。 開ければ驚かせてしまうかもしれないと、ドアにかける手が止まった。
「本当に目覚めたのが奇跡ですよ。 お身体は大丈夫なんですね?」
「はい・・・。 あまり力は入らないんですけど」
「目覚めただけでも十分です。 また後程検査をいたしましょう」
その時フィオラのすすり泣くような声が聞こえてくる。
「・・・先生。 さっき私、旦那に首を絞められたんです」
「・・・ッ! 確かに手の跡がある」
「止めてって言っても止めてくれなくて。 抵抗する力も気力もなくて。 いつの間にか意識を失い、目覚めたら身体が軽くなっていました。 一体どういうことなんでしょう?」
「・・・分かりません。 分かりませんが、首を絞めたのは確かなようで、それは決して許されないことです」
医者は採取した血液を調べると話し病室を出ていった。 入れ替わるようにロンダークは入る。
「フィオラ! 色々と本当にすまなかった!」
ロンダークは見えていないことが分かっていながらも、病室で土下座してみせた。
「・・・え? 貴方?」
声で分かったのかと思ったが、目線が完全に自分を捉えている。 しかし、今はその確認よりも言うべきことがあった。
「フィオラに魂魄魔法をかけるため、ああせざるを得なかったんだ。 苦しませて本当に悪かった!」
「・・・分からない。 何も分からないわ!」
おそらくは魂魄魔法の対象と代償であるため見えているのだ。 ロンダークは首を絞めた理由と魔法のこと、自分が今どのような状態であるのかを説明した。
フィオラは首を擦りながら、ロンダークがいる場所で手を動かしている。
「そう・・・。 私からは触ることはできないけど、貴方からは触ろうと思えば触れるのね」
「魔法はまだ未完成だった。 どんな副作用があるのかも分からない状態だったんだ」
「・・・分かったわ。 それで、これからどうするつもり?」
ロンダークはこのような状態になってからずっと考えていた。 このままある程度の期間、研究を続けることはできるのかもしれない。 しかしフィオラが倒れた今そうする気にはなれなかった。
―――言えない・・・。
―――この状態でいつまでいられるのか分からないなんて。
おそらくは人間としてのロンダークは死んでいる。 魂魄魔法の副作用とはそういうことなのだ。 もしかすると今笑って話していても瞬きの間に消えてしまうのかもしれない。
それくらい儚く朧げな存在としてここに立っている。 そんな自分にできることがあるとするならば、今まで苦労をかけた二人に恩を返すことくらいだった。
「もう研究はしないよ。 フィオラの体調はどうだ?」
「・・・まだ分からない。 ただ倒れる以前程身体の状態がいいとは言えないと思う」
「そうか・・・」
これも想定はしていたことだ。 魂魄魔法による治療とはそういうものなのだから。 その時アーシュが病室にやってくる。 彩り豊かな花が生けられた花瓶を手にしていた。
「お母さん! お花摘んできたよ!」
アーシュは母親が死にかけたことや元気になったことを知らない。 だが病室の外で声が聞こえたようだ。
「それよりお母さん、誰と話していたの? てっきりお父さんが来ているのかと思ったけど・・・」
―――・・・やはりアーシュには俺の姿が見えないか。
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