死して初めて気付く愛

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アーシュにも状況を説明すると、驚いた様子で病室を見回している。 ロンダークは安心させるためにアーシュの手を握った。 「本当にお父さんはここにいるの?」 「あぁ。 ここにいる」 「お父さん、透明人間になっちゃったの?」 「はは、そんなところかな? お母さんを治すために正義の透明戦士の登場だ」 「それはちょっとないかな・・・」 そんな会話で少しばかり盛り上がり、だが何だかよく分からなくもある状況に静寂が訪れる。 まるでそれを計ったかのように医者の先生がノックして入室してきた。  少し驚いたのが医者が目尻に涙を浮かべていたことだ。 「奥さん。 旦那さんに裏切られて辛かったですね。 大丈夫です、完全によくなるまで僕と一緒に頑張っていきましょう」 医者の男はフィオラを抱き締めながら大粒の涙を零した。 「あの・・・」 「あぁ、こんなに酷い痕が残るまで・・・!」 正直フィオラが他の男に抱き締められているのを見ていたくなかった。 だが彼も本気で心配してそうしてくれているのだと分かっているため、ロンダークは何も言えないし何もできなかった。  そもそも今の自分は酷く朧気な存在だ。 そんな様子を見ていたアーシュが医者に尋ねる。 「お母さんのその首の痕、どうしたんですか?」 「これかい? これは旦那さん、いや、そんな言葉で呼ぶ価値もないクズが首を絞めて殺そうとしたんですよ」 「・・・え?」 「すみません、言葉が過ぎました。 君の元お父さんでもあったね」 何故過去の人物にされているのか謎であるが、事情を知らなければそう考えてもおかしくはなかった。 だがアーシュの前であまり変なことは言わないでほしいとも思った。 ―――それにいつまで手を握っているんだ・・・? 「あの、先生?」 「はッ! これは失礼しました。 どうにも患者さんに過度のシンパシーを感じてしまいがちな性格でして」 「先生はお優しいんですね」 「いやいや、お美しいフィオラさんは特別ですよ。 それに本当に辛い目に遭われましたから」 「ありがとうございます」 ロンダークの今の状態のこともあり、先程の説明を医者にするのは憚られるようだ。 「それよりアーシュ。 お母さんはもう大丈夫だから今からでも学校へ行ってきなさい」 「え、今から学校に行くの?」 「当たり前でしょう? 学生なのだから」 「でも、まだ心配だよ・・・?」 アーシュはフィオラのことを心配するだけでなく、頑なに学校に行くのを嫌がっているように思えた。 普段学校での話なんてロンダークはほとんど聞いたことがない。  問題があれば妻から相談の一つでもあるのではないかと思っていた。 「本当に大丈夫だから」 「フィオラさん、それなら私が娘さんを病院の外までお送りしますよ!」 二人の様子を見兼ねたのか、医者がそう提案した。 「それじゃあ、お願いしようかしら」 「え、でも・・・」 最後まで渋っていたアーシュが病室を出るのを見てフィオラが話しかけてくる。 「貴方。 もしよかったらアーシュのことを見てきてくれないかしら?」 「ん? 何か心当たりがあるのか?」 「分からないけど、たまに学校へ行くのを嫌がるのよ。 本当にたまにだからいじめとかではないと思うんだけど」 「そうか、分かった。 フィオラは休んでおいてくれ。 行ってくる」 「お願いね」 ロンダークは二人の後を追いかける。 時間的にはもう既に病院の外に出てしまっただろう。 だがその途中で先程の医者の先生が人目を忍ぶように廊下を歩いていたのが妙に気にかかった。  どうやら電話で誰かと話しているようだ。 「すみません、先程もお話しさせていただきましたが予定が崩れてしまいまして・・・。 あ、はい! はい。 申し訳ありません! 何とか! 何とかそれだけは! 僕も何とかしますので!   失礼いたします!」 人目を忍んでいても声が丸聞こえだとあまり意味がないように思える。 だが先程妻を抱き締められたことは、その平身低頭な平謝りを見たことで溜飲を下げていた。  病院を出るとロンダークはアーシュの通う学校へと向かう。 普段なら父兄と言えど勝手に学校に入ることは許されない。  しかし姿の見えない霊魂の状態であるため、ロンダークは自由自在に侵入できてしまう。 「ん・・・? ドアが開いたようだけど風かな?」 アーシュの教室のドアを割と堂々と開けてみると、授業中の教師がそう言った。 ―――邪魔をしてしまったな。 ロンダークとしては、魔法適性の高い者に自分の姿が見えないかを確かめる必要があった。 どうやら誰にも見えている様子はないようだ。 もっとも娘だけは何かに勘付いたようで、一瞬物凄い形相で睨み付けてきた。 ―――勝手に来たのは悪かったけど、そう怒らないでくれよ。 アーシュはすぐに目をそらすと机に伏せる。 どうやら現在は簡単な計算の授業のようだ。 数時間アーシュを観察してみたが、学校で特に問題が起きているようには思えなかった。  友達とも楽しそうにしているし、勉強も熱心にしていて問題もない。 ―――学校に行きたくなさそうだと思ったのは杞憂だったか。 そう思っていたのだが、昼食後から明らかにアーシュの様子がおかしくなった。 次は魔法の実技であり、それを避けている様子だ。 ―――魔法の使用が苦手なのか? 魔法についても長い間アーシュの面倒を見たことがなかった。 研究を優先し、他を犠牲にしていた代償は至る所で膨らんでいたのだ。 ―――以前見た時は普通に魔法を使えていたように思えた。 ―――寧ろ得意だったからこそ、魔法学校への入学を決めたはずだ。 ―――・・・時間がある時にでも見てやるか。 しかしどうやらそう単純な話でもないようだった。
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