死して初めて気付く愛

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魔法授業は場所を移動し、中庭の習練場で行われる。 それを授業参観のようにロンダークは後ろでアーシュを見守っていた。 身体を震わせ明らかに縮こまって目立たないようにしようとしている。  友達の身体に隠れようとしている様は、普段のアーシュからは信じられなかった。  魔法実技の内容は魔法のコントロールに関係する基礎的なもので、教師が作り出した水球体を指定された温度に上昇させるというものだ。  水球体はいくつか種類が用意されていて、体積が小さくなればなる程温度の上昇が激しくなるためコントロールが難しい。 多くの生徒は大きな水球をゆっくりと温め指定された温度にもっていっている。 ―――俺が魔法技能の修練をした時とは随分と違って安全なやり方だな。 時代が違うと言えばそれまでだが、今見ていることは精緻な魔法操作の技術が必要となるため難度は高い。 だが個人の実力によって難度を選べるため、授業としては理にかなっていると思えた。  そして、数人の生徒が全員最大の水球を選ぶのを見て教師は声高らかに言う。 「皆さん、自信がないことですね。 さて、入学トップの魔法実技の実力を今日も見せてもらいましょう!」 その言葉でアーシュが明らかに身体を震わせた。 どうやらアーシュは入学トップの実力のようだ。 ―――凄いじゃないか、流石は俺の娘だな。 しかしおずおずと出てきたアーシュからは自信なんて微塵も感じられない。 「貴女なら最上級難度もできますよね? やってみなさい?」 アーシュは小さく挙手し最も小さい水球の前に立ち魔法を実践した。 いや、実践しようとした。 魔力波は僅かに観測できたが魔法は発動しなかった。 ―――アーシュは元々魔法が得意だったよな? ―――急にどうしたんだ? 「あら、入学トップの実力者と言えど流石にこれは難しかったですか? それでは、難易度を一つ落としていいですよ」 アーシュは目標を変えて魔法を使おうとしたが、やはり魔法は発動しない。 クラス全員の注目が集まる中、まるで晒し者だった。  結果的に言えば、他の生徒が成功させた最大の水球ですら課題をこなすことができなかった。 教師の冷ややかな視線がアーシュに突き刺さる。 「情けないと思わないんですか、アーシュ。 こんな簡単な魔法もできないなんて、親の顔が見てみたいものです」 「・・・」 当然、ロンダークから教師の顔は見れるが、逆は不可能だ。  「貴女のような落ちこぼれの相手をしているだけで時間の無駄です。 意欲がないのなら教室から出ていきなさい。 皆の授業の妨げになります」 大変遺憾であるが、アーシュは教室を追い出されてしまった。 所在なさ気に視線を彷徨わせると屋上へと歩いていく。 屋上は小さなスペースで生徒が入っていい場所ではないのだろう。  柵があるが、少々不安を感じたロンダークは落ち込むアーシュに声をかける。 「アーシュ!」 「・・・お父さん、やっぱり付いてきていたんだ」 「何なんだ? あの教師の態度は。 あれで教師が務まると思っているのか?」 「・・・」 そんなアーシュに魔法のアドバイスをした。 「魔法において最も大切なのは魔力の有無でアーシュは全く心配がない。 だが精神とイメージの力に揺らぎが見える。 何か不安でも抱えているのではないか?」 「そんなの分かってるよ・・・。 お父さんが変な研究をしているから、悪いんじゃない」 「ッ・・・!」 「あ、ごめん・・・!」 教師がロンダークを死霊術師扱いし、アーシュを蔑んでいるということを聞いた。  入学してしばらくは魔法を使えていたが、教師に嫌がらせを受けたり、色々と言われているうちに魔法が使えなくなってしまったのだという。  「・・・すまない。 お前たちのことを犠牲にしてしまっていた」 「本当だよ。 私たちの日常よりも、そんなに如何わしい研究が大事だったの? それにお母さんの首を絞めたっていうことの理由もまだ聞いてない!」 アーシュに説明したのは透明になって存在しているということだけだった。 それも心に不安を感じさせる原因になっていたのかもしれない。 ロンダークは少し考え、なるべく時間を置かないように答えた。 「今これを言うのは卑怯なのかもしれないが、お母さんが助かったのは研究の成果なんだ」 「・・・え?」 「もちろんお母さんを救おうだとか、高尚な理由で研究をしていたわけではない。 だけど続けていたから必要な時に必要な手段を選ぶことができた。 まぁ、その副作用でこんな身体になっちまったけどな」 「・・・」 「首を絞めたのは、お母さんを助けるために必要だったからなんだ。 信じられないかもしれないけど」 アーシュは真っすぐにロンダークを見つめた。 「私、信じるよ。 だってお医者の先生が絶対に助からないって話していたの、聞いちゃったから」 「そうか・・・。 お父さんは何かを続けることに無駄なことなんてないと思っている。 アーシュもずっと続けて来たんだろう?」 「・・・うん」 「大丈夫。 アーシュは俺の娘なんだから、用意された一番難しい課題だってできるさ。 お父さんがずっと傍って見守っているから」 そう言うとアーシュは柔らかく笑った。 「分かった」 「よし。 それじゃあ、一つアドバイスだ。 球体を温めるのに火球を用いていたが、あれでは熱の通り方が一定ではない」 「そうだね、でもそれ以外で何かいい方法でもある?」 「鍵は振動だ」 ロンダークは先程教師がやったように水球を作り出して浮かべてみせた。 「振動波単体では水が揺れるだけでしかない。 だが振動波をいくつも重ねると・・・」 「・・・え!?」 ロンダークが水球に手をかざすと振動が収まるにつれ白い蒸気が上った。 「もちろんこれはやり過ぎたが、コントロールすれば指定の温度にもっていくのにかかる時間は火球より余程早い。 しかも全体が均一になる。   つまりさっきの魔法実技は作用を考えれば非効率なものだったわけだ」 「凄い・・・。 こんな方法があったなんて」 「やってごらん? アーシュならできるさ」 スランプに陥っていたアーシュがいきなりできるはずがない。 やり方やコツ、それらを教えている時間は確かに親子の時間が蘇っていた。  何度か試し次第に魔法が使えるようになったアーシュは少しずつ自信を取り戻していた。 「よし。 それじゃあ、皆を驚かせておいで」 「分かった、行ってくるね!」 アーシュは屋上を出ると教室に戻る。 もちろんロンダークもその後ろを付いていった。 「アーシュ? 貴女のような授業の邪魔になる落ちこぼれが、どうして戻ってきたんです?」 アーシュは何も言わずにクラスで誰もできなかった一番難しい課題をこなしてみせた。 しかも、全く別の難度の高い方法を使ってだ。 習練場にいる皆は呆気に取られていた。 「い、今の魔法は、ロンダークさんの・・・!」 そう反応した教師にアーシュは言った。 「お父さんは死霊術師なんかじゃありません! 誰もなしえなかった魔法に成果を見出した、本物の挑戦者なだけです!!」 「ロンダーク、さん・・・」 教師は後にアーシュに謝罪した。 そして、何故当たりが強かったかも教えてくれた。 どうやら若い頃のロンダークの評価は非常に高く、憧れてこの道に入ったという。 だが尊敬と軽蔑は表裏一体。  そのうちに禁忌に手を出すようになったということだけを知り、尊敬が激しい軽蔑に変わっていった。  その子供であるアーシュはまるで関係がないというのに、八つ当たりのように接していたことを深く後悔していた。 アーシュの覚醒を見てロンダークの昔の姿に重なったらしい。  もう嫌がらせを受けスランプに陥ることはないように思えた。 「ねぇ、お父さん」 「ん?」 「お母さんの首を絞めるのが助けるのに必要だったって、どういうこと?」 「あぁ。 そう言えばもう少し説明が必要だったな」 二人が病院へと向かう帰り道、魂魄魔法の原理を説明した。
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