8人が本棚に入れています
本棚に追加
魔法を通しているため完全に鮮明な声とは言い難い。 それでもハッキリと内容を聞き取れるくらいには、ロンダークの実力は高かった。
「患者は私に惚れています! 何故快復したのか理由は分かりませんが、臓器の状態は更によくなりました!」
「だから何だと言うのだ?」
「必ず期日までに新鮮なものをお届けしますので!」
「ラインハルト卿のお嬢様はもう長く持たない。 そう言ったのはアンタだろう? バート先生」
―――ラインハルト卿だと?
―――一体何の話だ・・・?
バート先生というのは白衣に付いていた名前から、フィオラ担当の医者であることは分かる。 それに実際に顔まで見ているのだから間違いようがない。
「分かっています! 明日・・・」
「明日?」
「いや、今日のうちには必ず・・・!」
スーツの男は深く深く溜め息をつき睨みを利かせる。
「その言葉、確かなんだろうな? さっきは駄目になったと言っていたというのに」
「先程も言いましたが、患者は私に惚れています! 臓器の一つや二つ、喜んで提供してくれることでしょう!」
―――・・・その患者って、もしかして。
ロンダークは状況的に誰を指しているのかが分かり、焦りを覚える。
「・・・適当なことを」
「絶対に説得させてみせます!」
「・・・まぁ、私たちはモノさえあればそれでいいんだ。 お嬢様の命を自分の命と思ってことに当たることだな」
それだけ言うと路地から男二人だけが出てきてどこかへと去っていった。 ロンダークとアーシュはしばらく沈黙する。
「お父さん、今のってどう考えてもお母さんのことだよね?」
「・・・あぁ、そのように思えたな」
流石にアーシュも彼らの話を理解していたようだ。
「あんな人に私たちを任せようとしていたの?」
「すまない。 前言を撤回する」
そう言うとアーシュは満足そうに笑っていた。 だが今の話が本当なら悠長にしていられる時間はない。
「行こう。 フィオラの身が危ない」
「うん。 お父さんは魔法に関しては凄いけど、一人で研究してきたから人を見る目は私の方が正しかったね」
「・・・確かにな」
二人は病室へと戻る。 距離を考えれば医者よりも早く辿り着ける。 あの様子だとどんな大胆な行動に出るのか分かったものではない。 そして予想通り病室ではフィオラが一人本を読んでいるだけだった。
「お母さん! 準備するよ!」
「アーシュ? え、何の?」
アーシュは返事も待たずフィオラの荷物を整理し出した。 困惑しているフィオラにロンダークが言う。
「体調が万全じゃないところ悪いが、少しばかり早い退院としよう」
「そんなに急いで何があったの?」
どうするのがいいのか難しいところだが、姿を隠してしまうのが最も安全だとロンダークも考えていた。
―――ラインハルト卿という名前は聞いたことがある。
―――有名な貴族で少しばかり悪い噂も聞く。
―――娘さんがどういった状態かは知らないが、人の命を犠牲にする時に認められるのは自分の命だけだ。
それはロンダーク自身が一番よく分かっていることだ。 もし誰か別の人間を犠牲にしてフィオラを助けるということになれば、魂魄魔法研究をしているロンダークだからこそ認めなかったはずだ。
葛藤し精神をボロボロにしてでも、フィオラの最期を看取っただろう。
「説明は行きながらする。 もし歩くのが辛かったら俺が支える。 だから少しばかり頑張ってくれ」
「わ、分かったわ」
準備を終えフィオラの身を気遣うよう肩を貸すアーシュの姿を見て、自分はなんて馬鹿なことを考えていたのだろうと悟った。
―――この身が消える日まで、俺自身が二人を守り続けなければならないんだ。
ロンダークは二人の手を固く握る。
「「・・・!」」
二人にそれが伝わったようだ。
「行こう。 俺はもう絶対に二人を離さないから」
-END-
最初のコメントを投稿しよう!