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境界線
車を駐車場に突っ込んで……と思っていた源だがそうはいかなかった。平たく言えば優作に張っ倒されたのだ。
いつもの三途川家に曲がる道の手前で優作に捉まった。
「バカヤロー! なにのこのこ来てんだ! お前は大将んとこ離れんじゃねぇ!」
「だって優作、カジさんが」
そこで殴られた。優作と源は一つ違いだ。優作33歳、源32歳。だが荒っぽさじゃ格段に優作の方が上だ。源は車に掴まってやっと倒れるのを堪えることが出来た。
近所の人は、というと、源の顔を知っている。そして相手が優作とくれば関わらない。怖いからじゃない、慣れっこだからだ。
「親父っさんはお前に言ったよな、三途川とは手が切れたんだって。たまに客として遊びに来るならいい、けどこれは組として動いてるんだ、筋モン以外が出てくんじゃねぇ! こっから先、三途川組に一切近づくな、それは大将やその周りにも伝えろよ。電話もだめだ、」
少し声を落とした。
「多分携帯以外は盗聴されてる」
そこまでとは思わなかった源は青褪めた。
「そんな手を使ってんのか……」
「イチさんの動きがなんで知れたのか分からねぇ。どうせお前に知らせたのは洋一だろ、あいつ締め上げとかなきゃ」
「やめてくれ、きっと洋一も動転してたんだ」
「眠たいこと言ってんじゃねぇよ、ヤクザが刺されたくれぇで動転するんならやめりゃぁいいんだ」
相変わらず優作は元気がいい、と心の中で妙な感心をする。
「携帯くらいならかけてもいいか?」
「ならねぇ」
親指を立てる。親父っさんのことだろう。
「お達しだ、他人だと思えってな」
「なごみ亭には?」
「もう手を回してるよ。ここには柴山さんたちが一緒に住むことになった。柴山さんは先に来てんだけどおっかねぇのなんの。すげぇ殺気立ってる。なごみ亭を任されたのは堂元さんだ」
「どうもと…… そんなにヤバいってこと?」
誰より怖い堂元。柴山や他の副長とは違う怖さだ。怖いと言うより、不気味。
「そうならねぇようにだ。なごみ亭には変な虫は寄り付かねぇはずだけどな。堂元さんは腹括って守り通すって柴山さんに言ったってよ。なんかありゃてめぇに片をつけるって」
それは命を懸けると言う意味だ。
なんだかんだ言いながら情報を垂れ流している優作だが、源には有難い。優作は言わないとなると梃子でも言わない。それだけ気を許してもらってるのだと思う。そして、近づくなと。
「伴に伝えてくんねぇか。柴山さんから今夜連絡が入るだろうって」
「分かった。携帯を手元に持たせておくよ」
「そうしてくれ」
「な、俺が来るってどうして分かった?」
「柴山さんがここで張ってろって。夏生まで来んじゃねぇかって心配したんだけど、アイツ、九州に行ったんだってな」
「九州? どうして?」
「転勤だってさ。子どももできたしゆっくりした環境に行きたかったらしい。コレの」
今度は小指が立つ。
「頼みだって聞いた」
「話したの?」
次は親指だ。
「そっか。子どもかぁ、ジェイが聞いたら喜びそうだ。あ、お嬢たちは?」
「女将さんが真っ先に釘差した。おい、もう帰れ。充分聞いたろ?」
「……悪いな。なんの役にも立てない」
「関わんねぇでくれりゃぁ、それが一番だ。大将たち、頼むぞ」
「任せてくれ。俺だって体張って店を守って見せる」
車に乗り込んだ源が窓を開けた。
「行くよ。みんなに…… いや、余計なことは言わねぇ」
「その調子だ。帰ったら顎冷やせよ」
「それこそ余計なお世話だ」
ここからは三途川組とは境界線で隔てられていく。血と暴力の境界線だ。どす黒い物が三途川の屋根の上を覆っていくようで、源はその方向に目をやってぶるっと震えた。
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