奴を探して2時間くらい

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「探さないでください。」  昨日,誰もいない深夜の部室でそんなことが書かれた紙切れを見つけた。次の日から同じ部活で親友のYは学校に来なくなった。  一時限目の数学を受けながら私はYの所在について考えた。急に自分探しの旅でも始めたのだろうか。それとも鬱で引きこもりでも始めるのだろうか。いずれにしても私には関係のない話だ。ただ,Yが休むことで部活での雑用が自分に回ってくるのは気に食わなかった。Yと私は万年補欠のコンビで,毎日の練習後に情けなく後輩に手製ドリンクをふるまっている。あんな惨めな思いを1人でしてたまるか。1時限目の終わりを知らせるチャイムが鳴ると同時に,私は荷物を教室へ置き去りにして学校を抜け出した。2時限目をサボり,Yを探す旅に出かけたのだ。  タイムリミットは部活が始まる午後5時。それまでにYを連れて学校に戻らなければならない。Yがこういう時に行きそうな場所の目星はついていた。大方近所のゲームセンターかレンタルDVD屋だろう。私は通学カバンを背負い,自転車を漕ぎ始めた。  まずはゲームセンターだ。平日の午前中ということもあり,客はほとんどいなかった。店内を探し回るも,Yの姿はなかった。レンタルDVD屋にも足を運んだが,こっちにもYはいなかった。  私は少し焦った。わざわざ授業をサボってまで探しに来たのに手ぶらで帰るわけにはいかない。担任や顧問にする学校を抜け出した言い訳がなくなってしまうからだ。しかし,この有力候補の2つがハズレとなると,いよいよ私の思い当たる節はなかった。思えば,私は親友であるはずのYのことをあまり知らなかった。ただ,同じ部活の同級生というだけで,別に休日に互いの家で遊んだり,休み時間一緒に弁当を食うことさえなかった。私はなんだかやるせない気持ちになって,あてもなく自転車を漕ぎ始めた。  なぜ,Yは急にいなくなったのだろうか。ただのサボりであればいい。思春期にはよくあることなのだろう。しかし,それこそ電車かなにかで遠く離れた土地へ旅立ってしまったというのであればなにかそれなりの理由があるはずだ。本気の家出であればやはり理由など想像もできない。やはり私はYのことをあまり知らない。普段あいつが何をしてるか,どういう家庭で育ち,何が趣味だとか嫌いな食べ物はなんだとかなんて知らないし興味もなかった。私はYの行方に思いを馳せた。今頃街の方に出て昼飯に大盛りラーメンでもすすっているのだろうか,はたまたロードバイクで見知らぬ土地のサイクリングでも楽しんでいるのであろうか。実に行動的で,活力に満ち溢れていて,自分勝手で,羨ましい。それに比べ私はあまりにも無力だった。Yが行きそうな場所なんてこれっぽっちも知らないし,自分には1人旅なんてできそうにない。  思い返せば,私があのYの書置きを見つけた時,あれは深夜であった。私は夜中の部室で何をしていたかというと,掃除である。誰にも見つからず,誰にも褒められず,それでも善行をする自分自身に酔っていた。毎晩部室に忍び込んでは,皆の役に立っている,自分は決していらない人間ではない,そう思い込むことで自尊心を保っていた。その点Yは自分勝手に外に繰り出して,なんだか大人になって帰ってくるのであろう。私がその時覚えたのは嫉妬と尊敬であった。実に私は小さき人間である。  気づけば,学校そばの河川敷まで戻っていた。とぼとぼと自転車を押して学校へ戻ろうとする。もう自転車を漕ぐ気力も沸かなかった。ふと芝生の上で寝転んでいる人影を見た。紛れもなくYそのひとであった。学校の制服ではなく私服を着ていて,地面に広げた菓子を食いながらスマートフォンをいじっていた。 「さがしたぞ!こんなところにいたのか!」 私は大声で呼びかけた。 「探さないでといったはずだがなぁ」 Yは寝ぼけた声でこう返した。しかしまあ,その寝転んだ姿,少し前まで私が夢想した冒険する青年Yとはかけ離れていた。ただただ惰性で毎日を生き,なにかの気まぐれで学校をサボっただけの何の変哲もない高校生だった。私はYと一緒に学校へ戻った。道中,制服を取りにY宅へ寄ったり,コンビニでアイスを買い食いしたりした。今回こんなことをした理由をY本人に聞いたみたところ,なんか飽きた,からだそうだ。わざわざ前日に書置きを残したのも,誰かに探してほしかったかららしい。案外,私が探した人間は私と同じような実に大したことない生き物だった。灯台下暗しとは少し意味が違うが,とにかくそんな感じがした。  結局私たちは午前の内に学校に戻り,担任と顧問にこってり絞られ,定刻通り部活に参加した。今日も私とYは雑用を受け持った。うまく言えないが,親友ってこういうことだと思う。 終わり
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