満ちる夜に

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満月の夜になると、必ず彼女は河原のベンチに座って月を眺めている。 彼女の後ろ姿を見かけると「今日は満月か」と気付かされるほどだ。 帰宅までの「いつもの道」がその夜だけは「特別な道」に感じられた。 美しくツヤのある黒髪は月に照らされるとキラキラ輝いて見える。 ピンと伸びた背筋もとても魅力的だ。 彼女の後ろ姿を見かける度、僕は胸がドキドキした。 何回も声を掛けようとしたけど、もしそのせいで彼女がこのベンチに来なくなってしまったら・・・。そう思うと何も言えなかった。 ある満月の夜。 彼女はいつものベンチにいたが、様子が違う。 なんだかガラの悪そうな奴らに囲まれている。 周りに助けてくれそうな人はいない。 僕が、僕が彼女を守らなくっちゃ! そこからは無我夢中だったから、よく覚えていない。 とにかく大声を上げてそいつらの所に走って行った。 それで半分くらいは「やばいヤツが来た。」と逃げていき、残った奴らも俺の様子を見て「面倒くさい」と思ったのかどこかへ行ってしまった。 (思っていたより大したことなくてよかった。) 僕が心底ホッとしていると、彼女は僕の前に来て「ありがとう、助かったわ」と微笑む。 僕は少し照れながら、思い切って聞いてみた。 「いつも、満月の夜にここにいるよね?」 「えぇ、ここが一番満月をゆっくり見られるから。」 「満月が好きなんだね。」 「実はね、満月になるとお月様とお話が出来るのよ。」 「お月様とお話?」 キョトンとしている僕を横目に、彼女は話を続ける。 「そう、お話。勿論、お月様だけじゃないわ。風も、草や木も。川の水も。みんな優しく触れあいながら、お話しているの。そんな楽しい話聞けるのは満月の夜、この場所しかないのよ。」 「僕にも聞こえるかな?」 「きっと聞こえるわ。目を閉じて、静かに感じるの。」 僕は彼女に言われたとおりにしてみる。 すると少しずつ聞こえてくる。 風と木の葉が触れあって静かに今日見た風景を語り合う。 川の水と水草がパシャパシャと笑い合っている。 「・・・本当だ。聞こえた。」 僕がそう言うと彼女は「気持ちいいでしょう?」とつぶやく。 しばらく風の声に耳を傾けていると「そろそろ家に帰らないと家族が心配しているよ。」と僕に教えてくれた。 「ほら、そろそろ帰った方がいいわ。」と彼女が言う。 「うん。次の満月の時に、また会えるかな?」と僕が聞く。 「満月の夜は、いつもここにいるわ。」 僕は安心して彼女に「じゃあね、おやすみ」と言った。 彼女はやさしくニャーオ(おやすみ)とないた。 僕も嬉しくなってニャーオと返事をする。 そして首元の鈴を鳴らしながら家路を急いだ。
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