第十五話 夜中のラーメン屋

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【人は死んでも、自分がいつもいた場所に戻ることがある。他人への恨みではない。生きていた時の自分への執着だ】 飲んだらラーメン。 あの後輩たちとはよく行った。 メンバーの中には、酒が飲めない人がいたので運転はいつも彼だった。 「じゃあ、ラーメン食べに行くか」 そのグループでは私が一番年長だったので、なんとなく仕切っていた。 「いいですねー」 すぐに反応するのは一番年下の森くん。 埼玉県の田舎町には夜中まで営業しているラーメン屋は少ない。行く店は いつも同じだ。 吉野家がある大きな交差点を左に曲がると短いトンネルがある。そこからでも15分以上は走る。 この時間、この辺りは真っ暗で店は無く、民家も少ない。 その途中にいつも見かける、閉店したままのラーメン店がある。赤い看板には黄色の文字で ラーメン と書いてあり、駐車場は数台置ける砂利になっている。 何度となく、その前を通り過ぎていたのだが、営業している様子はなく、潰れてそのままになっているだと思っていた。 森くんはそういったことを気にするタイプではなかったが、酒の飲めない、もう一人の後輩、関口くんは私と同様で気になったようだ。 「ここ、潰れたんですかね?いつもカーテンが閉まってますね」 ラーメン屋でカーテンが閉まっているのは珍しい。普通は中が見やすいようにガラス張りになっている。西日が眩しいなどの理由があると思っていた。 その日もいつもようにその前を通り過ぎて行く。時刻は11時過ぎでいた。 店は道路から左側にあるため、車の助手席からはよく見える。 ふと、その店に目をやると、カーテンが開いている。道路から見ると、手前が駐車場、真ん中に入口があり、入口の左右がガラス張りになっているが、そのカーテンはなかった。 誰かが外したのだろう その思って見ていた。そしてそのガラスの奥には電気が点いていて、厨房が少しだけ見えた。 「さっきの店、また始めるかもな」 「そうですか?なんでですか?」 運転席の関口くんが訊いてきた。 「カーテン開いてからさ。電気も点いてたよ」 そう言いながら 営業していたわけじゃない。厨房の電気が点いていただけだ と思った。 「じゃあ、帰りにまた見て見ましょう」 後部座席にいる森くんは私の横から顔を出して言った。その時、あの店の電気の奥に見えた厨房と揺れる白い物が残像になっていた。 目当てのラーメン屋に着くと、満席で外に人が出ていた。ここは行列が出来る店とは言いがたいが、近くにラーメン屋がないため、今日のような週末はたまにこうなるのだ。 しばらく待ったが、三人はいつもラーメンを食べて店を出た。 少し走ると酔いと満腹感でウトウトしてきた。運転手の関口くんも眠いのだろう、ハンドルを握って、無口になっている。森くんは後部座席で寝ているようだ。 トンネルが近づいてきた。来る時に通り過ぎたラーメン屋の近くだ。 なぜだか私はその店が気になり、運転する関口くん越しに見た。 しかしカーテンは閉められていて、いつも見る状態だった。 帰ったのか そう思い、その時には特に感じなかったが、本当はあんなことになっていたとは全く知らなかった。 数週間後、その店、あのカーテンが閉まっているラーメン屋の前を通ることがあった。 その日は関口くんも森くんも飲みに誘ったが、都合が悪く、やむを得ず、一人でラーメンだけを食べに行った。 時刻は10時過ぎだった。 いつものラーメン屋に向かう途中、トンネルを抜けた辺りに急に違和感を持った。 あの閉店中のラーメン屋の灯りが点いている。 しばらくはじっと見ていたが、車のため、その灯りにすぐに近づいていく。 引き込まれるように駐車場に入った。 今、思えば駐車場には車がなかったはずだ。それで気がつけば良かった。しかしなぜだか、その時は全く気にならず、店の入口にいた。 思ったより綺麗だな いつも車から見ていたからであろうか、近くに来てみると、すたれた感じのしない入口だった。 ただ、なぜか、ずいぶん昔の雰囲気で作られた印象だった。 入ると少し薄暗く、ひんやりと寒い感じだ。 店内は入口から見て、すぐの左右にテーブル席、奥の右側がカウンターになっている。 カウンターの一番奥には黒いジャンパーを着た男が座っている。目の前には何も無く、カウンターに両手を置いてじっとしている。 この男は歩いて来たのか? 駐車場には車が無かったはず。ここは駅からも遠く、近所の人で無ければ歩いて来れる距離ではない。しかも周りに民家もあまり無い。 ボヤってしている店内には店員の気配が無い。 カウンターの一番手前に座ろうとした瞬間 ビチっ という鈍い音がした。 そしてその後 ドン という音がした。カウンターの向こうの、厨房の奥から聞こえてきたようだ。 私の意識はそれに集中した。 しかしすぐに、もうその場には入れないという感覚が襲ってきた。身体が硬くなって神経だけが研ぎ澄まされた。 ハッと 気が付いた。あの黒いジャンパーの男がいない。今、目の前でじっとカウンターに座っていた男が消えたのだ。 それだけではなかった。ドンっと鳴った音はさらに ドン ドン と一定の間隔で鳴り出した。 その音のする厨房のほうを見た。白いズボンが宙に浮いている。そのズボン、いや、足が厨房の台に当たり、音がしているのだ。何度も何度も規則的に 行ったり来たりしている。 足が宙に浮いているのではない 身体が何かに吊るされている。手も見える。力の無い、ブラっとしている状態だ。 すぐにこれは首吊りだと気がついた。 また小さく ドン と鳴った。 慌てて店を出た。後ろから何かが追いかけて来たらどうしよう という恐怖に襲われたが、振り返る勇気はない。 急いで車に乗ってエンジンをかけた。それでも視界には入ってくる。 ハンドルを道路のほうに向けた瞬間、また異変に気がついた。 電気が消えている。それだけではない、カーテンも閉まっている。今、私が居た店の状態ではない。 更にぞっとして慌ててアクセルを踏んだ。 何かがついてきたら と思うと、ただ気持ちを落ち着かせることに精一杯だった。 数日が経ち、私はこの体験を数人に話したが、あまりまとも受け取ってもらえなかった。話を大げさにしていると言われたりもした。 少し経つと、話すことをやめた。あの時の光景が浮かび、恐ろしくなるからだ。 しばらくして聞いた話によると、あのラーメン店は開業しても客の入りが悪く、すぐに閉店したらしい。 その主人は開店のための借金が返済できず、事故により亡くなったと。身寄りがおらず、建物を取り壊すことが出来ないとのことだった。 事故ではない、自殺だ。そしてその主人は死んでもあの店に居るのだ と、私は思った。
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