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「今日天気良いねー!
湖面が鏡のみたいになってて摩周岳が綺麗に写ってるよ。」
薄っすらと紅葉に彩られた摩周湖は映し出す。
季節の移り変わりを、冬支度へと勤しむ動物達を、この先俺の人生に待ち受けてる未来を。
(このまま言わずに黙っておこうか。いや、そんな事は無理だ。)
とても隠し通せる様な段階ではない。
腹の底から喉まで押し上げた言葉を何度も飲み込んでは拳を握る。
その繰り返し。
(言ってしまえば俺達は、もう…。)
覚悟を決めた筈なのに、いざ彼女を目の前にするとどうしても言葉が出てこない。
「どうかしたの?」
「えっ?」
「いや…さっきから何か言いたそうだったから…。」
いつだってそうだ。
俺達はこれまで常にお互いの事を解ろうと努力してきた。
肝心な事を隠さず、言葉にして話し合ってきた。
「俺…肺癌なんだって。」
「…。」
「なんかもう…結構転移が広がってるみたいで…そんなに永くないって…。」
もっと彼女を安心させられるような前向きな気持ちを言うべきなのは分かっている。
いや、そうじゃない。
できるだけ絶望的な現実を突き付けて彼女にも諦めてもらわなければ。
本音と建前が頭の中で入り乱れる。
どうすれば良いのかもう何も分からない。
「大丈夫!!」
突然彼女が俺の手を強く握りそう言った。
「真一はまだ生きてるんだから、だからまだ大丈夫だよ!!」
彼女は真っ直ぐ俺の事を見つめてそう言った。
最初から選択肢など一つしかなかったのだ。
大切な人がいるのなら決して諦めてはいけない。
俺の命は俺だけの物ではないのだから。
「うん、そうだな。」
気が付けばさっきまでの絶望は何処かへ消え失せていた。
人はたった一人誰かが側にいてくれるだけでこれ程までに強く有れるのか。
全く不安がない訳ではない。
それでも彼女が支えてくれるのならば俺はこの病気と向き合い闘ってゆける。
生きる、俺は生きていく。
彼女の手を強く握り返す。
もう迷わない。
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