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摩周湖で闘病を決意したあの日から8ヶ月が過ぎた。
あれから俺達は必死に様々な情報をかき集めた。
時間が無い中でも焦らずセカンドオピニオンで他の病院にも話を聞きに行ったり、より確実な治療法を模索した。
その甲斐あって最初に宣告された半年の余命を上回って、今もまだ生き延びる事ができている。
しかし残念ながら病気の進行を遅らせるのが精一杯で、回復までには至らないというのが現状だ。
咳や息切れ等の症状も次第に悪化してゆき、仕事も続ける事ができなくなってしまった。
今日も相変わらず空は青くて、山は緑で、アスファルトはグレーで。
俺が癌で苦しもうが、必死で足掻こうが世界は何も変わりはしない。
そんな事は当たり前だ。
分かっている。
それなのに胸の奥から沸々と沸き上がってくるこの焦燥感は一体何なのだろう?
「治療お疲れ様。それじゃ帰ろっか。」
今日は彼女も仕事が休みだったので治療に付き添ってくれた。
ここ最近は苦労と心配ばかりかけている。
それなのに中々良い報告ができずに不甲斐なさで押し潰されそうになる。
「ん?どうしたの?」
病院の入口付近で立ち止まる俺に気付き彼女が振り返る。
「いや…なんか、いつも苦労ばっかりかけて…悪いなって…。」
目も合わせられずに項垂れながら呟いた。
「なに言ってんの!
別に苦労なんかしてないし、私がやりたくてやってるんだから気にしない気にしない!」
「うん…でも最近さ、症状も強くなってきて仕事も続けられなくなって、追い詰められてるっていうか…正直、辛いんだよね。
今までやれてた事ができなくなって、自分の居場所や存在意義が奪われてる感じがして…。
もう、嫌な事全部忘れて逃げ出したくなる。
逃げられる訳ないのにな。」
初めて彼女の前で弱音を吐いた。
限界だった。
終わりの兆しすら見えない闘病生活。
できる事が少しずつ制限されてゆく日常。
彼女の大切な時間を浪費させている現実。
強い風が何処からか雨雲を運んできて雨が降り出す。
雨足は瞬く間に激しさを増し夕立へと姿を変えた。
「…そうだよね。辛いよね。
解ってあげたいのに、解ってあげられなくてごめんね。
でもね、それでも、私は真一に諦めないで生きていて欲しいんだ。」
「うん…そうだな。
ちょっと色々溜まってて、話したら少しすっきりしたから、もう大丈夫。」
俺はまだ生きている。
これまで何度も救われてきた彼女の言葉に今一度奮起する。
「うん。ほら、真一が弱気な事言うから雨すっごいよ!
止むまでここで雨宿りだね。」
恐らくこれは通り雨だ。
強い風がまたすぐに雨雲を何処かへ運んでゆく。
風でも雨でもいい。
この世界の嫌な事全て、始めから何も無かったかの様に洗い流して連れ去ってくれればいいのに。
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