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「勘違いするな。校門前まで来るらしいから合鍵を返すだけだ。…冴子さんに会いたくないなら、先に帰ってるか?」
明らかに気落ちした声の凛は、下を向いていて、表情がよく見えない。
「ううん…それに今日が最後だし…」
「最後?」
「ううん。私もたもっちゃんに渡したい物が在るし、平気!」
パッと顔を上げた凛は笑顔でそう言うが、俺には何処か無理してる様に見える。
俺は、なるべく早く合鍵を返しちまおうと心に決めた。
校門前まで凛と行くと、既に冴子の車が停まっているのが見える。
「あら、仲良しこよしで、ご帰宅?」
車の窓を開け、冴子は棘の有る言い方で俺達に言った。
固まる凛を背に隠す様にして、俺は冴子の合鍵を車の中目掛けて放る。
冴子は咄嗟に鍵をキャッチした。
「別に俺が誰と帰ろうが良いだろ。冴子さん、俺は芸能界に入る気は無い」
俺がキッパリそう断ると、冴子は何処か吹っ切れた様な顔をした。
「随分ハッキリ言ってくれるじゃない。でもそれ位の方が清々しい気分だわ。…後悔しても知らないから。じゃあね!」
冴子は余裕の笑みを浮かべると、窓を閉め、車を発進させる。
車はあっという間に見えなくなった。
「行っちゃったね」
車の去っていった方を見ながら凛は俺の隣に来る。
その声は何処か安堵していた。
「ああ。もう会う事も無いだろ」
「それより、たもっちゃん。芸能界がどうとかって…どういう意味?」
「ああ、そういや言ってなかったな。冴子さん、芸能界のスカウトマン兼所長なんだ」
「あ…何だ。そう言う事だったんだ」
凛の声が少し明るくなった気がする。
俺達は、そのままどちらかともなく、歩き出した。
「凛。何ならアパートまで送って行くぜ」
俺はそう言ったが、凛は「ううん」と首を振る。
「平気。…それより、たもっちゃん。これ…」
凛が立ち止まって、俺のより遥かに重そうなカバンを何やらゴソゴソし始めた。
俺も思わず立ち止まる。
と、凛はカバンから何やらラッピングされた包みを取り出した。
「少し早いけど…バレンタインデーのチョコレート、受け取ってください!」
凛はカバンを地面に置くと、頭を下げて、おそらくチョコレートが入っているんであろう包みを、両手で持って俺に差し出す。
確かにバレンタインデーにはまだ早い。
だが、俺はカバンを担いだまま、包みを片手で受け取った。
「良いのか?」
俺が包みを手にそう問うと、凛はようやく頭を上げる。
「うん!」
そう言って笑う凛の笑顔に俺は何処か違和感を感じた。
「じゃあ、有り難く貰っておくぜ」
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