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冴子の言ってる事はタバコの事だろう。
俺は濡れた髪をタオルでクシャクシャ擦りながら言った。
「人の持ってるもんを勝手に見るなんて、良い趣味してるぜ」
「どっちがよ。保くん、車中での事、忘れたとは言わせないわよ。あのまま警察に連れて行かなかったこと、感謝して欲しい位だわ」
「出るとこ出ても良いってか。脅迫するつもりかよ」
「脅迫するつもりなら、とっくに訴えているわよ」
冴子はリビングのソファーから立ち上がる。
「湯冷めするわよ。寝室は、こっち」
歩き出した冴子について行くと、奴はリビングの直ぐ横のドアを開ける。
そのままルームライトを点ける冴子に続き中に入る。
そこには大きなシングルベッドが2つ在った。
冴子は開けてたカーテンを閉める。
「どっちのベッドを使っても良いわよ」
「冴子さん、あんたは寝ないのか?」
「私はリビングのソファーで寝るから。お休みなさい」
冴子は言うと、常夜灯をつけ、寝室を出ていった。
俺は隙のない冴子の振る舞いに抱くのは諦めた。
これは俺の予想だが、冴子は未だに旦那のことを忘れちゃいねー。
俺とはヤるつもりは、ねー。
それを知らせたくて、事務所じゃなく、部屋に入れたのかもしれねー。
仕方ねー、童貞を捨てるのは別の女とにするか。
俺は手前のベッドの中に潜り込んだ。
芸能界、ねぇ…。
いまいちピンと来ねーが、芸能界で頂点を極めるのは大体一握りの逸材だけだ。
だが、冴子という女は、なかなかのやり手って感じがする。
それでも、やっぱり興味が湧かなかったら断りゃ良いだけの話だ。
その時、何故か凛の姿が脳裏によぎった。
凛の奴…俺がスカウトされたって聞いたら、どう思うだろうな。
てえか、凛も可愛いから、冴子と会ったら、スカウトされたりしてな。
だが、不特定多数の男共に凛を見られる事に何故か憤りを感じる。
まあ、凛の事だから、興味がないなら、キッパリ断るだろう。
凛…もう寝たかな。
常夜灯の中、浮かび上がる時計の針を見て、俺はしばらく凛の事を考えていた。
神社で出会って…公園まで付いてこられ、タバコを吸うのを叱られて…。
古ぼけたアパートの一室で母親と2人でカタギとして暮らしていて…。
何より酒井の娘ってところが驚きだよな。
そして、今朝の告白…。
今まで歳下のガキには興味がないと思っていたが、気付くと凛の事ばかり考えている自分に驚いた。
そうこうしている内に段々と睡魔が襲ってきた。
俺は掛け布団を頭までスッポリ被る。
ベッドからは、冴子が寝てた方なのか、女特有の良い香りがした。
お休み…凛。
俺は心の中で凛にそう言うと、ゆっくりと目を閉じる。
真っ暗になった筈の視界に凛の姿が浮かび上がった気がした。
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