さよなら、ソプラノ。

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 そして本番。灯りの消えた礼拝堂。流れ出すパイプオルガンの伴奏。蝋燭代わりのペンライトの光が、手元で揺れた。  いよいよ本番という段になっても、合唱を僕が壊してしまったらどうしようという不安で一杯だった。その不安を掻き消すかのようにぽんっと、宮野が背中を押した。 「失敗してもいい、けど後悔しないようにな」  それから、後輩達が次々と声を掛けてくれた。大丈夫とか頑張ってとか。それから、 「歌う時は笑顔。先輩が指揮者の時に教えてくれたんですから、先輩がしてくれないと」  その言葉を聞いた時、僕はようやく気付いた。僕が壊したくないと思っていた合唱は笑顔なんだって。そして僕が久しくそれを忘れていたんだって。 「……うん、ありがとう。笑顔で、楽しんで歌おう」  指揮台に先生が立つ。指揮棒代わりのペンライトが、大きく揺れた。  最初は四声。七人で声を合わせる。 「No-well,no-well,no-well,no-well,」  そして、六節のリフレイン。広い礼拝堂の中で僕の声だけが浮かんでいる。それを純粋に楽しめるのは、みんなの出す声と僕の声が混ざり合って、ちゃんと一つの綺麗な音楽になっているから。 「Bo-rn is the ki-ng o-f」  絞り出すようなkingのラの音。これが本当の、本当に、最後に出せた一番高い音。まだ最後が残っているのに、涙が出そうになった。声が震える。 「I-s-ra-e-l!!」  別れる六声。七人全員の、綺麗な和音。フェルマータ。先生が指揮を止める。  さよなら、ソプラノ。これで最後だ。ありがとう、みんな。僕に歌わせてくれて。三年間本当に楽しかった……!  笑顔で居ようと思っているのに、僕らの出番が終わっただけで本番が終わった訳じゃないのに。僕の涙は拭っても拭っても途切れることはなかった。
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