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洞穴を出ようと私が立ち上がると、子鹿も同じように立ち上がった。まだ生まれてそれほど経っていないのだろうか。力一杯地面を踏み締める肢がガタガタと震えている。
それでもしっかりと肢を開き、大地に踏ん張って私に続こうとしている。その意思は、生きるための何かを語りかけているようにも思えた。
「一緒に来るか?」
野生動物に手を出してはいけないことはわかっていたが、このまま野放しにしておくのも気の毒で、子鹿が独りで生き延びるのは困難と判断し、保護する名目で呼びかけた。
子鹿は消え入りそうな微かな声で「キュー」と一鳴きし、私に追陪した。
小夜の中を共に歩くのは、私にとっても心強かった。拭えない私の鬱屈した苛立ちを癒すのは、当然であるかのように自然と心に染みた。
私の後を追いながら、おぼつかない足でずっとついてくる姿を背中に感じる。私が足を止めると、子鹿も同じように足を止め、すがるように私を見つめた。
私は時々後ろを振り返りながら、子鹿のテンポに合わせるようにゆっくりと歩いた。
雨上がりの夜空に見えた霽月から届く一条の光は、まるで私達を導く道標のようであった。
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