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夢を見たの。
私、空を飛んでたの。すごく綺麗な景色だった。
でもね。
誰もいないの。私独りで、空を飛んだの。
その空が、ほんの今まで、とても青かったのに、
突然、真っ暗になって。
その中に私独りで。怖くて――
お兄ちゃん。私、夢を見てたの。
だから。
「私、何も知らない」
恐怖。哀しみ――様々な感情の入り混じった混乱。
「知らない――知らない」
蒼白の表情で立ち尽くし、小刻みに震える佳奈の手を、しっかりと握り締めてやる。
大丈夫。俺がついてる。
真っ赤に染まった佳奈の手。それは、決して。
汚れてなんかいない。
「――死んじゃえって。そう思った」
「言わなくていい」
小柄な身体を抱き寄せる。佳奈の手を、自分の胸に押し当てた。小さく嗚咽が聞こえ、床に涙が落ちた微かな音が聞こえた。
言わなくていい、お前はもう、十分に苦しんだんだから。
追い詰められていたのは知っていた。だが、佳奈を助けることは出来なかった。いや、助けようとしなかった――佳奈はいつも、助けを求めていたのに。
「私なんて、生きていても意味ないの。私が死ねばよかったのに」
「それは――ダメだ」
黙って借りたカッターナイフに、僅かに残っていた血痕。――お兄ちゃん。リストバンド、買って?
真夏でさえ、長袖を着ていた佳奈。手首を曝すことを、恐れていた佳奈。気づいて欲しかったのだ。いや、本当は俺も気づいていた。だけど、見えない振りをしていたんだ――
でも。
今度こそ。佳奈を護る。
「佳奈」
大丈夫。お前は、何も悪くない。何もしていない――だから。
生きていてくれ。
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