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父、描きし
父が他界した。家族のために一生懸命尽くした人だった。私は父の葬式で泣けなかった。高校の制服を身にまとい出席した葬式。父は我武者羅に働いて、父そのものがいなくなっても私が大学卒業するまでの蓄えを残してくれた。生前の父の思い出は穏やかに笑っている姿ばかり思い浮かぶ。高校受験の前に父に私はやりたいことが見つからないと相談したことがあった。父はゆっくりと見つければいいと穏やかに笑っていた。
人は必ず死ぬ。そのいつ最期が訪れるかも知れない一生の中でやりたいものをやっている人はどれほどいるのだろう。私は父の遺影を見つめながら奥歯を噛みしめる。
父さん、あなたはやりたいことはなかったのですか。家族第一で趣味らしい趣味もなく、煙草も吸わず、酒も飲まず、母さんや私のやりたいことに合わせるだけの生活。父さん、あなたはそんな人生で良かったのですか。
父の葬式は滞りなく進み、納骨も終えた夜、私と母は疲れた身体をソファに下ろした。
「終わったねぇ」
母は寂しそうに笑う。
「麦茶とってくるね。母さん、キツいでしょ?」
父と母は絵に描いたようなおしどり夫婦だった。母が辛くない訳はない。今だって、まぶたを真っ赤に腫らしている。あまりの仲の良さに娘である私が恥ずかしくなるくらいだった。二人で出掛けるときは手を繋いでいたし、二人でいるときは本当によく笑っていた。今になれば不思議にさえ思う。父は優しい人だったが、母がそこまで愛するだけの良さがどこにあったのか。
私は冷蔵庫で冷えていた麦茶のペットボトルを取り出し、二つのグラスに均等に注ぐ。それをリビングまで運んでテーブルに置いて再び母の横に座った。
「ねえ母さん。母さんは父さんの何が良かったの?」
母は麦茶に口をつけて、私が思った通りの言葉を口にする。
「優しいとこだね」
私が聞きたいのは、そこではない。
「優しいだけの人なら沢山いるでしょ? 他には?」
「一生懸命さ」
「それも他に沢山いるから。父さんにだけある父さんの良さは何?」
我ながら意地悪な質問だとは思う。母さんは、ん〜と唸って天井を見た。
「もういいか。父さん、もういないから」
何かあるんだ。私の期待は高まる。私の知らない父の話。
「父さんはね、絵を描くのが好きだったの」
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